5 絶望の配合
謁見の間を出てから、幅広の廊下を歩く。ってか廊下も広い。勇者と戦えるように設計されているみたいだ。
ひたすら階段を下りていくと、レンガの壁からむき出しの土肌に変わる。洞窟も車二台が並んで通れるほど広く、地面は歩きやすく平らになっている。石ひとつないのが凄い。
「えっと、地下ですかね」
「えぇ、そうよ」
「火もないのに随分と明るいんですね」
「お城には暗闇の部屋を除いて明りの魔法を仕込んであるのよ。それはともかく、随分と気持ち悪い敬語を使うわね」
そりゃ、嫌な予感でいっぱいですもん。初めてやるゲームを、何の予備知識もなしにRTAするような無謀さを覚えていますもん。
「あのぉチェルさん。どこまで連れていかれるんでしょうか」
家に訪ねてくるしつこいセールスマンをイメージして、手をモミモミしながら訪ねる。
「楽しみで待ち焦がれているのかしら。すぐに着くからワクワクと期待していなさい」
いやいや期待のカケラもできませんよ。嫌な予感しかしないからね。
天井にはツララのような形状の土が大量にぶら下がっている。鍾乳洞に生えているやつだ。2Dのアクションゲームだったら針が落ちてくるギミックがありそうだ。
底知れぬ恐怖を抱いたままチェルについていくと、広い空間に出た。澄み渡った湖が遠くまで広がっている。
「わぁお。なかなかの絶景。ここも建設したの? それとも自然をそのまま使ったの?」
俺は問いながら地底湖に近寄る。透明度が高いのに、底が見えない。かなり深いのが見てとれる。
「自然のものを使っているわ。もっとも、地底湖があることは調べてあったから意図的に繋げたのだけれどもね。ちなみに外の湖にも繋がっているわよ」
チェルが微笑みながら、パチンと指を鳴らす。地底湖からボコボコとあぶくが上がった。へっ、と間抜けな声を上げると水底で青い光が二つ、怪しく輝いた。
「ちょっと待って。嫌な予感しかしないんだけど」
轟音と共に水しぶきが上がると、巨大な青いイカのような化物が出てきた。びっくりして尻もちついたよ。
太くてウネウネした足はたぶん十本ある。憶測なのは数える気が起きないからだ。だって一本一本の足が、人間一人分の太さなんだよ。どんだけやねん。吸盤もミッチリだし。
縦長の三角頭はツヤツヤしていて、帽子を目深に被ったように青い瞳が、まるで獲物を見つけたが如く獰猛に輝いている。ってか俺、思いっきりエサだよね。
「あの、チェルさん。この魔物は」
俺はM字開脚全開の情けないポーズをイカに向けながら、恐る恐るチェルを見上げた。
「クラーケンよ。それと一応、魔物じゃなくて魔人になるわね。彼女も知性を持っているもの。ねぇ」
へっ、彼女?
チェルは視線をイカ……もといクラーケンに向けて微笑む。
「えっ、でも。私、化物だからしょうがないんじゃないかな。チェル様」
足をもじもじとさせながら、恥ずかしそうに俯くクラーケン。見た目の割にかなり控えめな性格だ。これで少しでも女の子していたらギャップ萌えもあっただろうに。
「なんか、思ったよりしおらしい魔物だな」
「だから魔人よ。魔物は知性を持っていないから本能で動く。対して知性を持っているものは総じて魔人に類するわ」
かなり大雑把な分け方だ。
「クラーケン。あなたはもっと自信を持ちなさい。今からこの男、コーイチを襲ってもらうのだから」
……何だって?
「えっ、襲うってことは殺しちゃうんですか? チェル様と仲よさそうで良心が痛んじゃうんだけど」
目の下を赤く染めて、十本の足がかなりウネウネと動きだした。慌てると足が動いちゃうんですね。恐怖しか感じないけど。
「そうじゃないわ。実験しようと思ってね。人間と魔人の配合について、ね」
薄っすらと微笑むチェル。あぁ、襲うって性的にですか……クラーケンと?
「ちょっとチェルさん。それ、かなりシャレにならないのですが」
「安心しなさい。冗談ではないから。クラーケンも遠慮なく襲いなさい。それとも、コーイチは好みではなくて」
「いえ、でも、そんなっ。コーイチさん悪くないし、興味はあるけれども、でも、えー」
青い体を茹でダコみたいに赤く染めて、全身でモジモジするクラーケン。何気に乗り気なところがシャレにならない。お願いだから足をウジャウジャさせないで。
よし、逃げよう。捨てようとは思っている童貞だが、魔物……魔人? まぁどっちでもいいや。とにかく人外相手に捨てたいとは思えないね。せめてもうちょっと萌えの要素を兼ね備えた娘だったら喜んでいたんだけれど、これはない。
俺が四つん這いになって場を抜け出そうとすると、足に何かが絡みついた。
「いっ!」
「チェル様の許しも出たし、不束者ですがよろしくお願いしますね。コーイチさん」
ポッと恥らいながら出すセリフとしては満点だ。俺を宙に捉えている魔人でなければな。
「あの、チェルさん?」
助けを求めるように、逆さま状態で情けない視線を送る。チェルは目を平たい山の形、自らの貧乳と同じ形に細めてとても、とってもいい笑顔で手を振った。
「それじゃ、存分に楽しみなさいな」
「イヤーっ!」
おっさんのものとは思えないぐらい甲高い悲鳴が俺から出てきた。その後、地底湖に引きずり込まれた俺は、苦しみの中で……後は言いたくない。