595 余計わからなくなった
草原が一面に広がる道中で、陽の光を反射させる青のトライデントがアタシの喉元スレスレに突き出されていた。少しでも動かしたら首が胴体と別れかねない。
「強くなったねエリス。動きにキレが増してるよ」
トライデントを下から突き出しているアクアが、青い瞳で見上げながら笑顔で褒める。
「実感湧かないんだけど。今アタシ、首にトライデント突きつけられて仰け反ってるのよ。弓だって構えれてないし。自信砕けるわ」
文句というか弱音というかわからない言葉を投げ捨てると、アクアは軽く謝りながらトライデントを引いてくれた。
周辺には辺りを警戒しながら休憩したり、自己鍛錬として身体を動かしたりしてる精鋭がいるわ。
ハード・ウォールを発って一週間位かしら。日課の戦闘訓練で今日も今日とてアクアに惨敗したところだ。アタシ達はいったん、ロンギングへ向かっている馬車を進めている。
結局ハード・ウォールには連れていた精鋭達の半分を残して持ち堪えるように指示、ロンギングへ戻ってから応援と居住者を集って復興へ向けさせる手筈となった。
険悪だったパーティのムードも少しずつ落ち着いてきてるわ。まだまだわだかまりは残っているけどね。
「ここ最近、主にエアとしか戦ってないけど、なんとか倒す事もできたしアタシも強くなったと思っていたのよ。今ならアクアに追いつけてるんじゃないかって、でも全然ね」
タカハシ家との実力を埋めたと思っていたのに、実際には遠さが鮮明になっただけ。
「大丈夫。焦らないでエリス。着実に強くなってるから。ヴァリーが復活させたみんなは明らかに強化という名の弱体化を施されてたけど、それでも一人で勝ったんだもん。誇っていい」
「どうも」
溜め息を吐きながら素っ気ない返事を返したわ。あのエア弱かったものね。
「真正面からの戦闘訓練ばっかしてるけどさ、対フォーレ対策とかってしなくていいわけ」
弱音を心の奥に追いやって、腰に手を当てながら疑問を投げかける。
「できるならしたいんだけど、どう動いてくるか見当つかないんだよね。常に意表を突いてくるから」
「思考の裏をついてくるのが得意とか。確かシェイ辺りが上手かったわよね」
驚異的なスピードを誇りながら思考の裏をついてきた武闘派のシェイ。かなりやりにくかった。いや手も足も出なかった。
辛酸を思い出して納得しかかってたけど、アクアは悩ましい唸り声を返してきたわ。
「んー、なんって言うか、シェイは左右どっちから来るかわからない状態を作って、思考の逆をつくのが得意なんだよね。対してフォーレは左右の選択を迫っておいて見当違いの方向から揺動を入れてくる感じ」
なんだろう。よくわからないけど、むちゃくちゃめんどくさい事だけはわかる気がする。
「単語を理解できるなら、ストレートか変化球かって場面でラケットでサーブし出すみたいな感じ」
「ごめん。余計わからなくなった」
「だよね。だから私もフォーレの戦術を再現できないんだ」
アクアは苦笑しながらフォーレ対策を諦めたわ。
納得できないのにストンと答えが落ちてくるのはどうしてだろう。理解できない事がわかったから、別の疑問もぶつけてみる。
「ところでずっと気になってたんだけどさ、チェル様って誰?」
復活したマリーの顔を見た時にアクアがこぼした名前。アタシの知らない重要な誰かな気がする。
アクアなんて青い瞳を丸くさせてるし。
「どう説明しようかな。端的に言うと、お父さんの愛人?」
コテンと首を傾げながらとんでもない事を言い出したわ。
「ちょっ、アクアは納得できるわけ。本当の母親だっているでしょ!」
えっと、名前なんだったっけ。あの冴えない自称魔王のおっさん。サイテーじゃないの。
「ソコはみんな納得してるよ。お父さんの本命はチェル様だし。そもそも私たち兄弟って、みんな腹違いだから」
ハーレム気取りかしら。いや確かにアクア達兄弟の年の差がゼロって考えるとそうじゃないとおかしいけれど。
「もめなかったわけ」
「お母さん達はみんな合意の上で、私たちが戦力の足しになるよう作った子供だからね。幼い頃に兄弟同士でケンカもあったけど、今は仲良しだよ。あ違う。だった、が正しいのかな」
不意にアクアの表情が陰る。
「落ち込んでんじゃないわよ。もう失いたくないんでしょ。だったら、せめて残った二人だけでも、説得して生きてもらわなくっちゃ」
もう五人も兄弟を失って来たんだもの。充分すぎるわ。だから、何が何でも生かすわよ。
「うん。エリスありがと。大好きだよ」
感極まったのか思いっきり抱きついてきたわ。
わかってるわねフォーレ。絶対にアクアを悲しませないんだから。心の中で宣戦布告をしたわ。




