593 認識の種
「鉄球ぅ鉄球ぅ、重たいなぁ」
「なぜ無骨な鉄球で機嫌になれるか、不思議でたまらなくてよ」
タカハシ家二階建て一軒家の廊下をぉ、アタイがうんしょうんしょと鉄球を抱えて運んでたらぁ、後ろからチェル様にツッコまれたよぉ。
「チェル様ぁ。チェル様も一緒に鉄球どぉ?」
「意味がわからなくてよ」
鉄球を突き出しながら誘ったんだけどぉ、ピシャリと吐き捨てられたよぉ。
「今気付いたねぇ。もう気軽に鉄球を投げ渡せる相手が実家にはいないんだなぁってぇ」
冗談でもおとーにはそんな事出来ないしぃ、グラスには一応作ってもらった恩があるぅ。チェル様にふざけるのも気が引けるぅ。エアやデッド辺りがいい反応しそうだったなぁ。
「正直、私が対象に入ってなくて安堵したわ。フォーレならやりかねないもの」
チェル様が若干後退りながら溜め息を吐いたよぉ。
「そうだぁ。もう最後になりそうだから聞きたいんだけどぉ。おとーってかっこいいかなぁ」
「あの強がりの事かしら。かっこいいわけないでしょ」
鼻で笑いながらぁ、余裕の笑みを浮かべるよぉ。
「冴えなくてかっこ悪いよねぇ。けどほっとけなぁい。大好きだからねぇ」
「大人の駆け引きはまだフォーレには早くてよ」
チェル様が妖艶な笑みの仮面を被りだしたねぇ。ダメだよぉ。本心晒してくれないとぉ。
「アタイは六歳児だからねぇ。大好きなおとーがぁ、大好きな人と結ばれてほしいんだよぉ。けどおとーは奥手だからぁ、チェル様から歩み寄ってほしいのぉ」
本音だよぉ。アタイの欲望は多い方だからぁ。一番身近な恋の花だって咲かせてみせたぁい。
「おませさんなんだから。仲良しごっこなんておままごとに過ぎないのよ。現実の恋愛は、苦くて酸っぱいものよ」
チェル様の表情からは恐怖の色が浮き出てるねぇ。でも不安の先に幸せだってあるんだからぁ、踏み出さなきゃ届かない場所にあるんだからぁ。
「だったらぁ、甘くテイストしちゃおうよぉ。よっとぉ」
両手で重々しく抱えていた鉄球を片手で持ち上げてぇ、フリーになったもう片方の手でポッケから薬を取り出すぅ。
「えっと、とりあえずその薬は?」
軽々と鉄球を持っている事に対するツッコミを諦めてぇ、薬を気にしたぁ。
「アタイ特製の甘い懐妊薬ぅ。飲んでから一日以内に交わるとぉ、確実に受精する事が出来るのぉ。副作用はひみつぅ」
「サラっと怖い物を用意しないでちょうだい」
チェル様が反射的にはたき落とそうとしたからぁ、ひょいっと避けたねぇ。
「第一、そういうのはコーイチの方に渡してはどう」
「おとーに似たような薬を渡したところで飲まないしぃ、万が一飲んでもおとーからは襲えないでしょぉ」
「そういえばコーイチから女性を襲った事は一度もなくてね。ススキでさえコーイチから行ってないわ」
認識したねぇ。待ってるだけじゃ永遠は訪れないってぇ。
「数少ないチャンスを無駄にさせないためにもぉ、チェル様にお薬あげるねぇ」
手渡しするとチェル様はぁ、お薬をマジマジと見つめだしたよぉ。
「せっかくのフォーレの手心だもの。もらっておいてあげるわ。おそらく、不要でしょうけどね」
なんだろぉ。強がりとも諦めとも違う雰囲気だけれどもぉ。
「フォーレなら知ってるかもしれないけれど、あなたたちは全員一発でデキていてよ。コーイチにはその手の特殊能力でもあるんじゃないかしら。もうススキも身ごもってるかもしれないわ」
その考えは盲点だったなぁ。思い出してみるとぉ、確かにそう情報を記憶してるぅ。悔しぃ。もっと早く気付いてたらおとーを検査したのにぃ。
「仕方ないからフォーレに免じて一回だけ襲ってあげるわ。本当はコーイチの甲斐性をみてみたかったのだけれどね。ありがとう、フォーレ」
ちょっと予想外だったけどぉ、チェル様をその気にさせる事は出来たみたぁい。もうやり残しはないねぇ。
「お礼は子宝でよろしくぅ」
「調子に乗らない。ナマイキよ」
気兼ねなくチェル様と笑い合えたよぉ。




