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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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58 距離が一方的に縮まることは決っしてない

 キレイにガラスのはまった窓からは、夕焼けが差し込んでいた。調度類と二人分の影が窓から奥へと伸びている。

「私に子守を押しつけて、今日は何をしていたのかしら。聞かせてもらえるのよね」

 俺はドアの前で呆然と立ち尽くしている。チェルは怪訝そうに首を傾げ、立ったまま俺のアクションを待っているようだ。

 ふと視線を逸らすと、窓ガラスが目に映る。

 五日前にエアがヘッドバットでぶち壊したというのに、いつの間にか直っていたんだよな。魔物の手際がいいんだって思ったけど、修復も魔王様の魔力のおかげか。

「外に何か気になるものでもあって。呆然としていては話ができなくてよ。まずは座りなさい」

 モンムスたちを子供部屋に移したせいか、二人きりの部屋はとても静かになっていた。少々もの寂しさを感じるが、今生(こんじょう)の別れをしたわけではない。

「どうしたの。気持ち悪い。私まで調子が狂うわ」

 攻撃的な言葉だが、眉は心配そうな八の字にゆがんでいた。赤い瞳が俺を睨むように見上げている。

 こんなに小さく幼げなのに、魔王を背負おうとしているんだよな。もっと言うならアスモデウスとリアの想いと因縁を、自分の意志で。

「チェル」

「何、どうしたっていうの」

 緩慢(かんまん)にチェルの傍まで歩み寄った。訝しげに俺を視線で追いつつも身動きせずに見守っている。

 俺が手を伸ばすと、チェルの頭を撫でた。赤い瞳を見開き、頬が赤く染まっていく。金髪のボブカットはキメ細かで触り心地がいい。羊のような角でさえ丸っこく、かわいさを(いだ)かせる。

 こうして触っていると、責任を詰め込むにはか弱すぎる気がする。一応、成人はしているけど、だからって責任感が自然と伴うわけでもない。

「コーイチ、いきなり何を血迷ったのかしら」

 わなわなと口元を震えさせ、肩から指先にかけてピリピリと電流を纏う。目元を槍のように鋭くさせて、不快さを前面に出してきた。

「あぁ、すまん。つい」

「つい?」

 ブオァっと黒いオーラが漏れ出した。

「あっ、謝るからどうか電気を抑えてください。お願いします」

 いつもの調子を思い出した俺は瞬間的に土下座をした。

 何をしみったれた感じで気軽に触ってんだよ俺は。普段を思い出せ、今のは完璧に自殺行為じゃないか。

 冷や汗が止まらない。絨毯に額をこすりつけていたら、細くて固くて痛い物が後頭部を押しつけてきた。

「うぐっ」

「なんの許しもないまま、この私に触れるなんていい度胸ね。この踏まれている姿を子供たちに見せてあげようかしら」

 グリグリと俺の後頭部にダメージを与えてゆく。この鋭くて痛い物はヒールのかかとですか。俺にはMっ気なんてないがあえて言わせてもらおう。

 我々の業界では痛ててててっ。無理、痛すぎてやっぱり言えない。

「このまま両足とも乗せちゃおうかしら」

「……マジで?」

 これ以上はさすがに俺の頭が持たないんですけど。でも頭を下げちまったし、どうすれば。

 部屋を静寂が支配する。五分、十分。いや、数十秒って短い時間かもしれない。餅のように時間が引き伸ばされている感覚だ。

 息苦しいほど重々しく、裁判官の判定を待つ被告のように生きた心地がしなかった。

 顔から血の気が失せる思いで待っていると、すっと痛みが後頭部から外れた。

「今回はこれくらいで勘弁してあげるわ」

「ははぁ。ありがたき幸せ」

 頭をペコペコさせながら見上げる。うむ。見事なローアングルだ。ギリギリ見えないのがまたそそられるね。チェルもチラリズムがよくわかっているじゃないか。

「もう一度、踏まれたいようね」

 害虫でも見下すように瞳が殺人的になっている。

「ガチ勘弁してください。海よりも高く、山よりも深く反省しております」

 絨毯に額をゴンっと押しつけて誠意を見せる。もう踏まれたくない。

「山と海が逆ではなくて」

「あっ」

「もういいわ。立ちなさい」

 助かった。嘆息一つで許してくれたよ。腕のピリピリ音も抑えてくれたし。もうチェルには逆らわない。忠誠を誓おう。

 自力で立ってから向き合うと、チェルは不機嫌にしわを寄せていた。

「で、不可思議な行動を起こした理由は何。場合によってはハイクを読ませてよ」

「チェルもなんだかんだでアニメにはまってんじゃねぇか」

 場合によっては俺、爆破(ばくは)四散(しさん)しなきゃいけないじゃん。

「コーイチがいなかったせいでモンムスたちの不満が溜まっていてよ。話が終わったらマイルームを開いておあげなさい」

 視線を逸らしてモンムスたちの文句を代表するチェルだが、どことなくうずうずしていた。

 ちゃんとかわいいところもあるんだな。もっと素直になればいいのに。

「みんな続きを見たがってたからな。了解した。んで、今日は魔王様とお話ししてきた」

 えっ、と声を上げ、目と口をまん丸く開く。

「コーイチがお父様とお話し……いえ、対面するだなんて珍しいわね。自殺願望でもあったわけ」

「気持ちはわかるけどそれはねぇよ。内緒の話をする予定だったんだが、チェルと改めて話をしなきゃいけなくなったな」

 チェルは息を飲むと、うつむきかける。視線は一瞬だけ落としたが、すぐに立て直した。

「仲のいいことね。男同士の秘密の会話だなんて。で、何を話してきたのかしら」

「いや、話してきたって言うよりな……」

 俺は頭をかきながら視線を泳がせる。

 ホントに言っちゃってもいいのか。なんだかフライングしたような感じがしてバツが悪いんだけど。でも、言っとかなきゃいけないよ、な。

 チェルを見ると視線がかみ合った。ずっと逸らさずに待っていたのだろう。

「リアに、チェチーリアに会ってきたぞ。食堂で」

 目を見開き瞳孔が針孔(はりあな)のように縮む。驚いた顔は何度か見たことがあるが、今回は一番リアクションが大きい。

 声の出せない時間がすぎる。風の音さえ、耳に痛く聞こえるほどの静寂だ。

 考え込むように口をパクパクと動く。赤い瞳孔がブレるように揺れる。やがて焦点が戻ってくると首を横に振って気持ちを整えた。

「そう、私の出生に気づいたのね」

 俺はコクンと肯定した。人間と魔王のハーフ。それがチェル。


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