584 雑草からの餞
身体を真っ二つに斬られ、仰向けに倒れてなお、伸ばしていた右手がゆっくりと地面に落ちる。
最期の瞬間ヴァリーは、死への恐怖よりも生への渇望の方が強かった。
誰もが静かに見下している中、アクアがヴァリーへと歩み寄って地面に膝をつけた。
「お疲れ様、ヴァリー。ごめんね、私なんかが生き残っちゃってて」
絶望に染まったまま光を失ったオレンジの瞳を、そっと瞑らせながら謝罪を続ける。
「私もヴァリーもやってた事はあんまり変わらないのにね。ほんのちょっとした時の運で、今私はジャス達と旅をしている。ジャスの気まぐれで生かせてもらっている。どこかで戦う順番が変わってたら、生き残って旅をしていたのはヴァリーかもしれなかったのにね」
そんな事を、思っていたのか。
ただ優しそうに微笑みながら、脳天気にボクたちと旅をしていると思っていたアクア。
違うだろ。アクアは最後、命乞いなんてしなかっただろ。自らしてきた大罪を顧みる事なく、生を望んだりしなかっただろ。ヴァリーと違って。
伝えなきゃいけない。アクアじゃなきゃいけなかった理由を。けど勢い余って殺しかけてしまった手前だ。ボクが言ってもいいのだろうか。
仲間達に視線を送る。いいんじゃないかと肩を竦めるワイズ。どっちつかずの溜め息を吐くクミン。我先にと一歩を踏み出したエリス。
この場はエリスの方が適任かもしれない。任せてしまおう。
「いやぁ、危なかったねぇ。もぉいつ身を乗り出してぇ、戦いに介入しようかと思っちゃったよぉ」
突如響いてきた間延びした声に、エリスの歩が止まる。
誰だ。どこから。
「えっ。この声まさか、フォーレ」
アクアがハっと顔を上げて見渡す。ボクたちも警戒するけど、人影すら見当たらない。
「何か隠し球は持ってるだろうなぁって思ってたけどぉ、まさかシェイ達を復活させるとは思わなかったよぉ。けど勝ったぁ。さすがはアクア達だねぇ」
近い。そして下方から聞こえてくる。けど近くに隠れられる様な場所は。
みんなして視線で音源を特定すると、地面にポツンと一本だけ草が生えていた。辺りに植物なんてないのにい、不自然に瑞々しく植わっている。
「コロンビアぁ」
「うわぁぁぁあっ!」
間抜けなかけ声と同時に、緑色した両手がバンザイする様に生えてきた。思わず悲鳴を上げてしまう。戦いの影響で荒れてるけどここ、墓場だからな。
緑色の両手は、這い上がる様に地面に手をついた。頭、身体、そして下半身が出てくる。頭に草を生やした植物少女、紛う事なき魔王フォーレだ。
「あちゃぁ、白衣汚れちゃったぁ。後でお洗濯しなくっちゃぁ」
パンパンと土汚れを払いながら、ニンマリとアクアの方へと近寄っていく。満身創痍とはいえボクたちに囲まれているのに、気にも留めていない。
「フォーレ。いつからいたの?」
「アクアが来る前から現地入りしてたよぉ。久しぶりだねぇ。すっごく強くてかっこよかったよぉ」
「あっ、ありがと」
アクアがテレながら顔を赤めているのを余所に、フォーレは白衣の中から種を取り出してヴァリーの近くへ植えた。
「アクア、お水撒いてぇ。アタイの植物はアクアのお水ぅ、だぁい好きだからぁ」
「うん。それっ」
フォーレの言われたとおりにアクアが水を撒くと、植物はグングンと成長して一本の木になった。
「なっ、その木はまさかっ!」
フサフサに葉の生えている木を見た瞬間、ワイズが声を上げる。クミンも驚いた表情を浮かべていた。
「あのラブホみたいなお城が建ってる立地を見て思ったのぉ、ヴァリーはきっと崖を利用するだろうなぁってぇ」
「ラブホって。言いたい事はわかるけど、さすがにヴァリーがかわいそうだよ」
ラブホとはいったい。アクアの笑顔が引き攣っている感じから、あまりよい例えではなさそうだが。
「だから落下地点を予測してぇ、クッションがわりになる木を植えておいたのぉ。役に立ったようでよかったよぉ」
「おかしいねえ。フォーレは敵だろ、助ける必要がどうしてあるんだい」
「そもそもどう予測を立てたら、あんなピンポイントに木を植えれんだよ。狙って出来る助け方じゃねぇぞ」
「ヴァリーは独断で勝とうとしてたぁ。アタイ達としても間違った勝利は望んでないんだよぉ。世話の焼ける妹だったねぇ」
フォーレは溜め息を吐きながら、視線をアクアに向けて苦笑を作る。アクアも同意して苦笑を返した。
「落下地点の予測はぁ、ヴァリーの性格を読んだのが半分かなぁ。後は直感だねぇ。ついでにぇ、崖にツタを張っておいたのもアタイだよぉ。役に立ってなによりだねぇ」
ポンポンと出てくる驚愕の事実に開いた口が塞がらない。ヴァリーとの戦いでどれほどフォーレに助けられていたのかと、どこまで先を読んで事前に設置をしていたのか。
フォーレは身を屈めると、アクアの斬られた傷を確認する。
「酷いケガだねぇアクア。けど塞がりかけてるぅ。みんなにバレない様に遠くから傷薬を投げつけただけだったからぁ、ちゃんと手当て出来てるか心配だったんだよね」
「うそっ、手当てしてくれてたの。全然気付かなかった」
「というかぁ、アクアだけじゃなくてみんなも早く手当てした方がいいと思うよぉ。まだブレイブ・ブレイド使ってないからぁ、ジャスはとびっきりの回復魔法を使えるんでしょぉ」
確かに使えない事はない。一回だけとはいえ、デッドの毒に蝕まれていたアクアを治療した事がある。
「でも疲れちゃってるかぁ。億劫だったらアタイお手製のエリクサーあげようかぁ。景気よく三ダースぐらぁい」
「わぁフォーレ。太っ腹だね。ありがと」
「いや待ちなさいよ。アタシ達敵なんだからそんな大盤振る舞いしないでよね。渡すにしても今使う分だけにしときなさいよ!」
両手を胸の前で合わせて素直に喜ぶアクアに対し、エリスが全力で突っ込んだ。
そうだよ。敵なんだよ。全然そういう雰囲気になれないけれども。
そんなやりとりをしている間に急成長を遂げた木は、次々に赤い花を咲かせて花びらを散らし出した。
アクアが青い瞳を見開いて見上げる。
「凄い、キレイ」
「ヴァリー、喜んでくれるかなぁ。お花が嫌いじゃないといいけどぉ」
「きっと、喜んでくれてるよ」
そうか。この木はヴェリーへの、せめてもの餞だったのか。何だかんだで血の繋がった家族だからな。




