581 連携
「デッドー。死に損ない二人が相手なんだからー、一思いに殺しちゃダメなんだからねー」
「ヴァリーは相変わらずいたぶるのが好きだな。いいぜ、クモの糸で絡め取ってからオモチャにすっぞ」
大鎌を持ったヴァリーがデッドの背に乗り、顔を隣り合わせに近づけて油断しきった態度を取った。
「相手は随分とオレ達を優しくしてくれるらしいぜ。舐め腐ってくれる」
「怒るなよワイズ。興奮はパワーになるけど、付け入る隙を与えてしまう」
「ちょっと前まで正気じゃなかったヤツが言ってくれるぜ。任せるから頼れよ相棒」
頼もしい事を言いながらボクの遙か後方へと下がってゆく。どこまで酷使してくれるんだか。けど悪くない。
「気にくわねぇツラしてんじゃねぇよ。ピンチならもっと絶望しなぁ!」
デッドが顔を歪めて叫ぶと、八本の細長く鋭いクモ足で大地を蹴って頭上へと跳躍した。夜空に紫の巨グモが踊り、三日月のように弧を描いた赤い刃が輝く。
デッドの両手からクモの糸が次々と発射される。直接ボクを狙う糸もあったけど、本命は周囲に散らされた方だろう。地面近くにクモの巣が張り巡らされ、動きを制限される。
降り注ぐクモの糸を躱しはしたものの、柵の様にクモの糸で囲まれてしまった。
「さぁ逃げてみな。逃げれるモンならよぉ!」
デッドの鋭い足がボクに狙いを定めて向けられる。
「怖い攻撃だ。逃げさせてもらうよ」
柵で囲まれているけれども、まだ充分なスペースは残っている。剣を振るって二本の足を捌きながらデッドの落下攻撃をやり過ごす。
赤の獰猛な視線から目を逸らさない様に対峙し、存在感のなさに気付く。
「キヒヒっ、気付いたな」
ニヤリとイヤらしく笑うデッドの背に、ヴァリーがいない。
「キャハハハっ。こっちだよー!」
声の方に視線を向ける。建物と木の間に張られたクモの巣をバネの様に踏みながら、大鎌を構えるヴァリーがいた。進行方向にはワイズの姿が。
「もう仲間を助けに行けないよねー。まずは景気よくー、腕の一本ぐらいもらっちゃおー!」
ヴァリーが自らの身体を大砲の様に発射させ、ワイズへと大鎌を振りかぶる。
ワイズは驚愕を笑みに変え、唱えた。
「ペネトレイトウィンド。オレが囮だぜ」
連携を口に出して敵に認識させる事で、互いに守ってもらう心積もりだと錯覚させる罠。分断を許す事で、孤立状態を狙わせるボクたちの策だ。
遠距離攻撃の強みだよね。急突進してくる敵へ真正面から安全に反撃を出来るのって。
「えっ、キャぁぁぁぁー!」
「ちっ、おらぁぁぁあっ!」
オレンジの瞳を見開いて悲鳴を上げるヴァリー。デッドが舌打ちしながらクモの糸を上へと引っ張った。
暗くて気付かなかったけど、ヴァリーの足下にはクモ糸が絡みついていた。風魔法が着弾するよりも早く、ヴァリーは宙へと逃される。
「外れちまったか。出来たら一撃で仕留めたかったんだけどな」
足を引っ張られて錐揉み状態で飛んでいたヴァリーが、宙で体勢を整えながらデッドの背中へと着地した。
「ちょっと危ないじゃないのー。死に損ないなら潔くいじめられなさいよー!」
「キヒヒっ。ざまぁねぇなヴァリー。ボクがいなかったら死んでたんじゃねぇか」
「デッドうるさーい。ナマイキ言ってると身体を没収するよー」
「おぉ怖っ。そうヒスんなって」
ヴァリーがカンカンに怒鳴り散らすと、デッドが軽く煽って嘲笑する。険悪とまではいかないけれど、いい雰囲気とは言いづらい。
「強化されたわりにはデッドも大したことないのでないかい」
生前の時より手数が異様に少ない。クモの巣も心なしか脅威に感じられない。
「ちっ。痛ぇトコついてくれるじゃねぇか。死にてぇなら遊びはなしにしてやんぜ」
「ダメだよー、一回の失敗で終わらせちゃうなんてー。勇者の連携はクモの糸で絶ってあるんだからー」
ヴァリーがワガママを言っている途中で、ワイズが炎魔法でクモの糸を焼き尽くす。この程度の拘束なら、すぐに解く事が出来るんだ。
「はー。そんなのナシでしょー。どうして思い通りに事が進まないのよー。もういー、手っ取り早く片付けちゃおー!」
「いじめんのはどうしたんだよ」
「女心は秋空よりも移り変わりやすいのー。もう全力全開なんだからー!」
どこかゆるかった気配が張り詰めた物に変わる。まだまだ気を抜けないはずなんだけど、どうしてか負けるビジョンが浮かばない。
コレまで散々辛酸を舐めさせられていたけれど、ようやくアクアがヴァリーを最弱と言っていた理由がわかった気がした。




