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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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57 チェルの従姉妹

「その前にひとついいか。(しも)の話になって申し訳ないんだが、魔王様に生殖器(せいしょくき)ってあるのか」

 魔王が仮に男だとして、いやあの筋肉量で女って考えも無茶があるけれども、イチモツがあるとは思えねぇんだよな。性別を超越(ちょうえつ)しているっていうか、戦闘力53万の白い人みたいなイメージが大きいんだけど。

「確かにその通りですわ。本来の魔王は生殖によって誕生する生物ではないんでしてよ。アスモの受け売りだけれども、人間の進歩が世界崩壊の危機に近づきしとき、闇が凝縮し具現化することで魔王は誕生しますの」

「おぉ。すげぇ仰々(ぎょうぎょう)しい。まさしく魔王って感じだな」

「集まった闇の一つ一つが知識を持っているから、何もわからないまま生まれるなんて事態もないようでしてよ。だから、チェルは魔王として例外的な存在でしょうね。或いは、世界が用意した保険なのかもしれませんけど」

 チェチーリアが悲しげに視線を落とす。心配性だな……と言いたいところだけど、何か心当たりがあるのかもしれない。

「コーイチさんの疑問に戻りますけど本来、魔王に生殖器は存在しませんわ。でも作り出すことは可能でしてよ」

「はい?」

 思わず大きな声が出てしまった。顔を突き出してチェチーリアに迫っている。

「アスモは本気で戦うと第二、第三形態になって勇者を苦しめるようですわ」

 ラスボスあるあるね。RPGでラスボスが一戦終了なんて、まずありえないからな。

「アスモはその理論を使って、生殖器を股間へ作り出しましたわ」

 チェチーリアは恥じらいに頬を染め、視線を逸らした。

「あの魔王は何やってんだよ」

「わたくしとアスモの永きに渡る夜戦の果て、第二、第三形態と相見(あいまみ)えることもありましてよ。とても熱い戦いでしたわ」

 両手を頬に添え、ブンブンと首を横に振る。切りそろえられた金髪がサラサラと揺れた。

「やめろ、生々しい。てか第二、第三形態をポンポンと晒してんじゃねぇよ」

「あっ、アスモの名誉のために言っておきますが、わたくし用の第二、第三形態は勇者用とは違いましてよ。しっかりと夜戦に備えた形態でしたの。触手とか、無数のイチモツとか」

「エグイわ! イチモツが一つじゃないってどんなんだよ。いや、いい。絶対に教えないでくれ」

 最後は完全に絶対なる拒絶をした。想像すらしたくない。

 てかこの物語ってR-18まで突入してたっけ。この明記は大丈夫なのか。

「と、いうわけでチェルが誕生しましたの」

「知りたくなかったよ。いや、疑問を持った俺が悪かったのかもしれないけど。それでも知りたくなかったよ。知りたくなかったんだよ」

 血の涙を流したい気分だ。

「生まれたばかりのチェルは本当にかわいらしくて、アスモなんて食べちゃいたいぐらいだって溺愛(できあい)していましたわ」

「あの、リアさん。それ聞いて怖くなかったの?」

 食べちゃいたいくらいかわいいって意味なんだろうけれども、魔王が言うとなんだか食事的に聞こえないか。

 何とも微妙な気持ちになる。

「あらあらコーイチさん。また、さんづけになっていましてよ」

 碧眼が怪しく光った。

 ちょっと怖いですって。ちょっとした弾みじゃないですか。少しくらい許してよ。

「あぁ、すまん。つい」

 俺は背もたれを精いっぱいに使ってもたれながら、視線を逸らして謝った。

「もぉ、次言ったらチェルにあることないこと吹き込みますわよ」

「やめて! どの程度かわからないけど穏やかではいられなくなっちゃうから」

 そのニッコリした笑顔があくどすぎるから。背筋が凍る勢いだってば。

 目を閉じてまったく、と文句を漏らしながらチェチーリアは仕切りなおした。

「とにかくチェルはかわいかったわ。わたくしやアスモだけでなく、城の魔族や魔物たちまで(とりこ)にしてしまいましたもの。天性の才能を感じましたわ」

 リアも親バカだなぁ。という言葉を俺は飲み込んだ。的を得ているかもしれない。チェルのスキル、王の風格。本人が自覚しないままスキルが発動している可能性も出てきた。

「チェルは魔王城のみんなに愛されて育ちましたわ。わたくしもチェルをきっかけに、魔族の方々とは仲良くなりましたもの」

「へぇ。よかったですね。あれ、でもなんでリアは食堂に隠れ住んでんだ」

「魔族や魔物は魔王城にしかいないわけではありませんわ。報告のために城へ来た魔族はわたくしのことをほとんど知りません。場合によっては知っていながら敵視している方もいますわ。致し方ない部分も多いのですけどね」

 魔族も一枚岩じゃないってことかな。少し意味が違うか。好き嫌いはあるけど魔王には従順っぽいからな。

「育っていくにつれ、チェルは色々なことを知りたがりましたわ。わたくしたちの馴れ初めとか、昔話とか。アスモと二人、おもしろおかしく脚色(きゃくしょく)して話しましたわ」

「脚色しちゃったんですね」

 魔王とリア監修の脚色ねぇ。チェルが気の毒に感じるのは、間違った感情ではないはず。

「一つ物事があるたびに大きなリアクションをして、深く掘り下げてきましたわ。特にチェルの心に留まったのは、わたくしが城から追い出されたところでしたわ」

 喉が詰まるように感じた。実の妹に裏切られたなんて母親から聞いたら、子供は何を感じるだろうか。

「同時に、アスモからは人間社会の情勢を聞かされましたわ。マリーヌがマリーという娘を産んだこと。マリーが母親の血を濃く受け継いでいたこと。育つたびに、悪行がアスモを伝って耳に届きましたわ」

「血は争えないってやつか。また厄介な娘が生まれたもんだ」

「向こうは知る由もありませんが、マリーはチェルの従姉妹(いとこ)になりますわ。そこからでしょうね、チェルがマリーを敵対視しだしたのは」

 一言でまとめれば因縁。母親の代から始まったどうしようもない亀裂。母親が酷い目に合ったっていうのに、相手はのうのうと暮らしている。娘からしたら、これ以上に悔しくて許せないことなんてないのかもしれない。

「更に厄介なのはアスモを撃つのに適性を持った勇者が育ってしまったこと」

「えっ」

 魔王の目的を考えれば、勇者が育つことは嬉しいことのはず。

「勇者が育つこと自体は喜ばしいことです。ですがマリーが勇者を取り込もうとしています。勇者と王都のお姫様。この組み合わせに文句をつける人など、まずいないでしょう」

 確かに。物語としては王道の組み合わせだ。でもってマリーの性格は。

 目線を合わせると、コクンと頷いて肯定した。

「はい。マリーヌの悪いところを、存分に受け継いでいますわ。勇者に取り入り、地位を登り詰める。このままアスモが倒れれば、チェルの出番はすぐに訪れてしまいます。ですが今のチェルには荷が重いことでしょう」

「あっ」

 日々思いつめていたチェルの姿が脳裏に浮かんだ。苦しそうに眉を下げ、赤い瞳を濁らせる。そんな苦悩を隠し通そうと必死になっているあどけない姿。

「チェルはアスモに引き継いで魔王になるつもりです。マリーという、絶対に負けられない相手もいます。ですが、甘やかして育てたせいで、いささか成長しきれていません。どうかコーイチさんにお願いします。チェルの支えになってください」

 チェチーリアは佇まいを整えると、丁寧に頭を下げた。

 娘を託す母親の思いとは、いったいどれほどのものなのだろう。しかも異世界育ちの、こんなにも弱い男に。

「頭を上げてくださいリア、俺は、俺には……」

「大丈夫ですわ。押しつけるようで申し訳ありませんが、コーイチさんには他の人にはない力があります。力になってほしいとは言いません。ただ、支えになってくださればいいのです」

「支え、ですか」

 あるのか、俺にそんな甲斐性が。

「今日はわたくしのお話につきあっていただいて、とても楽しかったですわ。またお話ししたいので、いつでも訪ねて来てくださいね」

 チェチーリアは席を立つと礼をして、俺を部屋の外へと促した。流れるままに足を進め、チェルの部屋へと帰るのだった。


 俺は改めて見たチェルの顔を、愛おしくも切なく感じた。


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