578 反発
夜の墓場を駆けながら、背後から土煙を上げて迫り来る白い馬体を一瞥する。
「相変わらずの威圧感と速度だね。そんなにワシが魅力的かい」
「クミンなど星の数ほどいる女の一人に過ぎん。ミーは特別一人に惚れ込むなんてあり得ないのだよ」
女を尊重する気持ちが失せちまってるじゃないかい。違和感の方が大きすぎて、女性を貶める発言に怒る気すらしないね。
「シャインはバカだったけど、クズじゃなかったよ」
前方の地面へ思い切り踏み込み急停止をする。身体を反らし、疾足の馬体を紙一重で避けながら大剣でシャインの身体を叩き切った。
肉が裂け、骨の砕ける感覚が両手に伝わる。けれども出血は一切していない。
「不気味な身体の構造になってるじゃないかい。そんな人間離れしてちゃモテないよ」
「黙れっ! よくもミーの美しい肉体を傷つけたな。この大罪、身をもって償え」
シャインは身体に切り込みが入ったまま怒鳴ると、劣る事のない馬力で真正面から轢き殺さんと突っ込んできた。
軽快な足音なのに一歩一歩重みを感じるね。生前より速いし力強い。けどどうしてかね、全く脅威を感じないんだよ。
「笑わせんじゃないよ。ワシを吹き飛ばせるモンなら、吹き飛ばしてみなっ!」
足を止め、腰を重くして構える。狙うは大剣にあるまじき突き。ワシより遙かに体重があり、高速で駆ける馬体を相手に真っ向勝負を挑む。
普通に考えたら勝算のない、バカげた戦術だ。けど、今はコレが正解。
「かかってきなシャイン。ワシが正面から受け止めてやるよ!」
「うおぉぉぉぉぉおっ!」
シャインが本能の赴くままに叫びながら、手を胸の前でクロスさせて突っ込んできた。ジャスのブレイブ・ブレイドすら呆気なく弾く膂力を誇っていた突進。
全力の一撃に晒されているっていうのに、怖くない。
「シャイぃぃぃぃンっ!」
ワシの不動の突きが、激動する身体を受け止め貫いた。瀕死の長身男を見上げると、やりきった様な澄んだ笑顔を浮かべていた。
「やれやれ。ミーの愛を正面から受け止めるだなんて。正気とは思えないレディだね」
「正気を失ってたバカがよく言うよ。バカみたいに強化されていたわりに、随分と弱かったじゃないかい」
「そりゃ相性が悪いからね。ミーが元より承った生の力が、ヴァリーの死を操る力と反発し合ったのだろう。それに、本来ミーはタカハシ家で最弱だからね」
突然のカミングアウトに、ワシは目を見開いて驚いちまったよ。
「自信に溢れていた男が、死んでから自嘲するなんてね。条件はあれど、シャインが最弱だなんて思えないね」
「ミーの強さは生なる不死性故で、一度死んで終わりという条件なら誰よりも弱いさ」
確か昔から何回も死んでは蘇ってたんだっけ。ユニコーンホーンの自動強制蘇生がなかったらワシらと出会う事すらなかった、か。
「納得はできないけど、妙に腑に落ちたよ」
「ところで、だ。ミーのユニコーンホーンを使ったのだろう。蘇ってみた感想はどうだい。いいものだったかい」
涼しい表情での問いかけに、苦い思いが蘇ってきたよ。
「最悪だね。あんな感触を味わうぐらいなら死んでた方がマシだったよ」
落下の衝撃でバラバラに身体が飛び散った。自らの血で肉体だった破片を赤く染めていた。そしてそんな事を認識する術もなく意識が消し飛んでいた。
その飛んだ意識が呼び覚まされる。血液が戻り、千切れた肉が繋がり、砕けた骨が再生していく。蘇る工程全てに激痛が伴い、それ以上に感触が気味悪くて堪ったもんじゃなかった。
まだ腕を切断される方が理解ができるくらい、再生する感覚は筆舌に尽くしがたい。
「改めて大した男だったんだねシャインは。あんな脳が否定する感覚を常に味わってきたんだから」
「おや、今更ミーに惚れてくれたかい?」
「バーカ。ワシは既に彼氏持ちだよ」
「残念だ。今度こそ来世に期待しよう」
大剣で貫かれたシャインの身体が、溶ける様に地に還っていったよ。
「結局、最期までふざけたバカだったね」




