577 憎しみに囚われて
「ヤローに生存権などない。うおぉぉぉおっ!」
死の淵より蘇らされ、男の存在を確認した瞬間、シャインが雄叫びを上げながら突っ込んできた。
シャインの馬力と体重で吹き飛ばされたら、今のボクの身体じゃバラバラに吹き飛ばされる。
「痛っ」
逃げようとすると身体中に痛みが走り、足が止まってしまう。
押し潰す様な殺意と怨嗟をぶつける様に、土埃を上げながら一直線に白の馬体が迫ってくる。
「らしくないねシャイン。真っ先に男へ突っ込んでいこうなんてさ」
全力疾走する身体を上下で真っ二つに叩き切ろうと、クミンが横から大剣で薙ぎ払う。既のところ馬脚で大地を蹴り、跳躍する事でシャインが躱した。
弧を描く様に夜空を白馬が彩る。
「邪魔をするなクミン。憎っくきヤロー共を殲滅し、酒池肉林に溺れるのだ。ミーの道を阻むなら、キサマから殺すぞ」
「やれやれ、しょうがない男だね。仕方ないからワシが尻を拭ってやろうじゃないか。いいさ相手してやるよ。大好きな女の尻だ、存分に追いかけてきな」
「おんなぁぁぁぁあっ!」
クミンが挑発して走り去ると、シャインが血眼になってついて行く。
「助かった。けどあのシャインは何だ。まるで別人のように憎しみに捕らえられているじゃないか」
クミンとシャインを見送っていると、強い殺気を感じた。視線で人を殺せるんじゃないかと思うほどの殺意を大きな単眼に込めて、シェイが睨んでいた。
「死して再び身体を得られるとは思いもしませんでしたよ。嬉しいですね。コレで自分の奴隷達の仇を、自らの手で取れるんですから!」
両手に夜闇を圧縮して双剣を作り出すと、殺意を剥き出したまま瞬足で間合いを詰めてきた。影を置き去りにするほどの速さに、反応ができない。
振り上げられた黒の双剣が、ボクに死を悟らせる。が身体をねじ込ませる様にシェイを遮ったアクアが、青のトライデントを持って剣撃を防いだ。
「ダメだよシェイ。勇者は私たちの希望なんだよ。お願いだからヴァリーの呪縛に負けないで」
「寝ぼけた事を抜かさないで下さいアクア。自分が脆弱なヴァリーに魂を囚われるはずがないではありませんか。見下した事を抜かす様なら、アクアから血祭りにして差し上げます」
「シェイ。いいよ、私が目を覚まさせてあげるからっ!」
アクアが叫びながら、トライデントで双剣を押し戻した。二人は対峙しながら、ゆっくりと戦場を移していく。
「アクア」
ボクは、意外と想われていたんだな。そんな身体であのシェイを相手するんだ。死ぬなよアクア。
急に風が吹きだした。ハッとして見上げるとエアが憎しみに塗れた表情で見下ろしていた。
「この身体じゃやっぱりダメ。風の心地よさを感じない。返せっ、ウチの翼。ウチの風っ。返せないなら、お前も失えっ!」
黄色い翼を羽ばたかせると、鋭い無数の羽がボクを目がけて降り注いでくる。逃げ場のない攻撃の雨に、今度こそ覚悟を決める。
「みっともない八つ当たりなんてするんじゃないわよ。窮屈そうに飛んでくれちゃって」
エリスの文句と共に無数の矢が飛来し、降り注ぐ黄色い羽の全てを射貫いた。
「今のアンタは見てて気の毒ね。指図されて都合のいいように動いてるだけの人形だもの。自由に飛び回る事もままならないじゃないの」
「うるさいうるさいうるさーい! そんな事言うならエリスから不自由にしてやる」
「いいよ、きな。仕方ないけど、アタシが空へ解き放ってあげるわ」
エリスとエアによる地対空の遠距離戦が始まる。エフィー、エリスはいつの間にか、戦いを安心して任せられるほど逞しくなっていたよ。それでも心配にはなるけどね。
「もー、みんな協調性がないなー。頭がお猿さんなんじゃないのー」
「キヒヒっ。言ってやんなってヴァリー。それに元々手を取り合ってのチーム戦なんて望んじゃいなかっただろ」
「まーねーデッド。足引っ張り合うぐらいならー、自己責任で暴れててくれてた方が楽だよー」
ヴァリーがデッドと、他の三人をバカにする様に談笑をし出した。血の繋がった兄弟だっていうのに、思い遣りが見受けられない。
「へへっ、希望が出てきたじゃねぇか。タカハシ家はチーム戦が壊滅的みてぇだ。オレとジャスが組めばいけるぜ」
「まったく楽天的だな。ボクもワイズも傷だらけだってのに。けど、不思議と負ける気はしないよ」
忘れていた物が戻ってきている気がする。思い返してみれば、勇者は常に無敵でいられるわけじゃなかった。
「余裕の笑顔なんて見せてむかつくー。勇者のクセに生意気だよー。ヴァリーちゃん達に連携ができないつもりでいるみたいだよーデッド」
「まっ、あんま得意じゃねぇのも事実だがな。けどしゃーねぇから、僕がヴァリーに合わせてやんよ」
「さっすがデッドー、頼りになるー。そんじゃーヴァリーちゃん達の強さをー、わからせしなくっちゃねー」
デッドの背に跳び乗ったヴァリーが、嗜虐の笑みを浮かべてきた。
いいさ。どんなペアが相手だろうとも、もうボクたちは後れを取らない。




