574 怨嗟を操る支配者
「それじゃー余興も終わった事だしー、本命をもらおうかなー」
ヴァリーは標的をボクに変えると、捕食者の笑みを浮かべだした。途端に身体の内に熱がこもる。
他者の骨を自在に操る反則級の必殺技。殺される。
「死に損ないのお仲間が残っていてもー、ヴァリーちゃんの魔の手からは逃れられないんだよー。死んじゃえー」
「させない。蒸留水」
ボクの骨が身体を食い破らんとした瞬間、全身を水球に包まれた。不意の一撃で水を思い切り飲み込み、苦しみに悶えてしまう。
アクア、やはりボクを殺そうと。
「ちょっとアクアー、ヴァリーちゃんの見せ場を奪わないでよー。ここぞってタイミングで寝返ろうとしてもー、アクアの事は許してあげなよー」
「今のヴァリーへ寝返るつもりなんて、毛頭ないって。目にもの見せてやるんだから」
水の音の向こうでアクアとヴァリーが睨み合っているけども、気にしている余裕がない。両手を喉に、足をバタバタと藻掻かせながら、肺が潰れる様な究極の苦しみを彷徨う。
腹の傷口からは血の赤が滲んで水中へ溶ける様に漂っている。
もう、ダメだ。
意識が飛びかけた瞬間、水球がパンと弾けて解放される。
「ブハっ、ガハっ、ゲホっ」
むせ込み水を吐きながら、新鮮な空気を吸い込み生を噛み締める。
「わけわかんないしー。結局アクアは何がしたかったんだかー。そんじゃー、気を取り直して今度こそー、潰れちゃえー!」
ヴァリーは開いた手に力を込めて、何かをグシャリと潰す動作をした。
ボクはヴァリーの言動を不思議に思いながら息を整える。
「えっ? えっえっ。ちょっとー、なんで骨を動かせないのよー」
何度か手で潰す動作を繰り返したが何も起きない。思い通りいかない腹いせに、ヴァリーは地団駄を踏み出した。
「水ってね、流れる力もあれば清める力だってあるんだよ。だからジャスの体内に入り込んだヴァリーの血液を流し出してみたの。かなり賭けだったけど、上手くいってよかったよ」
アクアは勝ち誇る様にニヤリと笑みを浮かべた。
まさか、助けられたのか。アクアに、ボクが。アクアの事を拒絶して、殺す気で斬ったっていうのに。
信じられない気持ちでアクアを見上げる。浮かべている笑みが頼もしいものなのか恐ろしいものなのか、ボクにはまだ検討がつかない。
「せっかくおもしろいトコだったのに邪魔しないでよー。死に損ないのクセにー。あったまきたー。亡霊遊戯!」
ヴァリーが癇癪を起こしながら指をパチンと鳴らす。すると墓の中からブワリと無数のゴースト達が湧き出てきた。
「なっ!」
「勇者だ。いざという時に守ってくれなかった役立たずの勇者。どうして助けてくれなかったのぉ!」
「お前が助けてくれなかったからワタシは愛する家族共々殺されたんだ。許さないぃ!」
「オレ達の事を見捨てやがって。お前も一緒に地獄へ落ちろぉ!」
様々な怨嗟をぶつけるように飛び交うゴースト達。八つ当たりに近い言い分にうろたえてしまう。
「墓に肉体が埋まってないからってー、ヴァリーちゃんを無力にできるわけじゃないんだよー。魂って大切にしていた物にも宿るんだからー」
アンデットにされない様、肉体を埋める代わりに物を埋めた墓の数々。対策をしていたはずが、今度は魂をゴーストへと変換されてしまう。
「よく言う。恨みの方向をジャスへ強制的に向けてるくせに。本来恨むべきは殺させる直接の原因の方じゃない」
「当然恨みを操ってるよー。けどねー、元から道が開けていないとヴァリーちゃんだって誘導できないんだよー。だからこのゴースト達は勇者への恨みを少なからず最初から持ってったんだよー」
つまり、ハード・ウォールで蹂躙された人々は勇者に少なからずの恨みを抱いていたのか。
「ついでに言うとー、恨みって殺した相手よりもー、助けてくれなかった相手へ向ける事の方が多かったりもするよー。味方とか正義に期待してたからー、裏切られた時に恨みが発生するんだもーん」
助けられなかった。守れなかった。その因果が目の前で具現化されている。
「くっ、このっ!」
アクアがトライデントを振るって片っ端からゴーストを退治しだしたが、多勢に無勢と加えて手負いの状態。とても全てに対処ができない。
「キャハハっ。アクアってばムダにがんばるねー。焼け石に水ってやつー。けどフィールドが悪すぎたねー。墓場ってヴァリーちゃんが一番力を発揮できる場所だからー。力業になっちゃうのは気が進まないけどー、今度こそ終わりだよー。死んじゃえーっ!」
ヴァリーが号令を出した瞬間、無数に漂うゴーストが一斉に襲いかかってきた。
身体は疲れ切っていて力が入らない。ヤられる。




