573 死んでも治らない
「ビックリー。アクアってばまだ生きてたのー。しつこーい」
「ヴァリー! まだ戦いに勝って生き残るまでなら理解できたよ。昔からそういう娘だったもん。けどマリーを蘇らせるなんてやり過ぎだよ。お父さんを破滅させたいのっ!」
言葉とは裏腹でおどけるヴァリーに対し、アクアが本気で怒鳴り散らかす。いつもは穏やかな青い瞳は、感情を表すように目尻が吊り上がっている。
「そんなの楽しそうだからに決まってるじゃーん。どうせ一回死んだアンデットなんだしー、ヴァリーちゃんの支配下から逃れる事はムリだもーん」
ヴァリーはこの状況を楽しむためだけに、マリーの魂を捕まえて支配していたのか。という事は、マリーの意志も縛っていたんじゃ。
「そんな事のために、イッコクを滅ぼす元凶をこの世に呼び戻さないでよ。いくらなんでも悪趣味すぎる」
「別にいいじゃーん。イッコクなんて滅んだってー。マリーちゃんは元凶であってー、崩壊する頃にはヴァリーちゃん達は寿命をまっとうしてるんだからさー。パパだって生きてなきゃこのキャワワなヴァリーちゃんと生を楽しめないよー」
世界を滅ぼす元凶、マリーが。こいつらはどうしてもマリーを悪と決めつけたいのか。
「そんな生き方はお父さんを傷つけて後悔させるだけだよ。死ぬ事よりもツラくて苦してくて後悔していく生が待ってるだけなんだから! 私は、お父さんをそんな生き地獄に突き落としたくない」
「アクアは大袈裟だなー。そんな後悔なんてヴァリーちゃんが寄り添って慰めてあげちゃうからー、なーんの問題にもならないんだよねー」
悲観的に問題点を挙げるアクアを鼻先であしらうように、都合のいい妄想を並べるヴァリー。話題の中心にいるのは、魔王を自称した冴えない男。
いくら肉親とはいえ、なぜあの男がこれほどまでに持ち上げられているのかがわからない。一目見ただけで、強者の上に立つ器ではないと理解できたほど何もない男だった。
「がぁぁぁぁあっ! そんなくだらない囀りなんてしていないで、早くわたくしを助けなさいヴァリー。まだわたくしはそこの男をいたぶりきっていなくってよ!」
タカハシ姉妹の口喧嘩に悲鳴で割って入り、血走り狂気に満ちた表情でマリーが命令を下す。
「マリー。もうやめよう。きみはヴァリーに操られていただけなんだ。頼むから、元の優しいマリーに戻ってくれ」
思い出のマリーとあまりにも違いすぎる言動に、願いを乞うように呟く。幸せだった日々が偽りではなかったと、本心をねじ曲げられているんだと願って。
口論をしていた二人が静かになって、夕闇が妙に冷たく感じる。
「信じたくないかもしれないけどさジャス。マリーは元からあの性格だよ。そりゃヴァリーなら自ら生み出したアンデットの意志をねじ曲げられるだろうけども、ねぇ」
アクアは諭す様に途中まで説明してから、視線をヴァリーに送って続きを託す。
「勿論配下の意志なんてヴァリーちゃんの意のままだよー。ただー、マリーちゃんは思考をいじるまでもなかったけどねー。身体の方は魂と齟齬がない程度に強化はしてるけどもー」
「そんな」
残酷で慈悲のない現実。外面をかなぐり捨てて醜く助けを命ずるマリーだけが目の前にある。
「元ある性格って、死んでも治らないんだって初めて知ったよ」
悲しげな青を瞳に宿すアクアは、何の慰みにもならない呟きを落とした。
「いくら完璧で最強のヴァリーちゃんでもー、アクアの攻撃を受けて致命傷を負った身体は治せないねー。魂の状態で致命傷を負っちゃってるからー、新たな身体を与えるのももうムリだねー。マリーちゃんの性格は大好きだったから残念だよー。ザマー。キャハハハっ」
ヴァリーが煽りながらバッサリと切り捨てて、高らかに笑う。
「ふざけんなヴァリーっ! わたくしはイッコクを支配するべく生を承った選ばれし姫なのでしてよ。誰よりも優雅に他者から幸せを奪い取る権利がありますのっ! こんな所で朽ち果ててなんて」
「うるさいからもう黙ってよねー。はーい」
ヴァリーはうっとうしそうに指をパチンと鳴らすと、トライデントで磔にされていたマリーの身体が泥の様に溶け出した。
「わたくしはっ、誰よりも美しっ……」
生にしがみつく様に伸ばした絹の様に艶やかだった手は、暗い土の色となって形を失っていった。
どうして。最後まで恨み言を漏らしながら死ななくてもよかったじゃないかマリー。
マリー二度目の死に目は怒りも悲しみもなく、絶望的な喪失感だけが心を包んだのだった。




