570 悪夢
みすぼらしい墓が無数に広がっているハード・ウォール墓地で、ボクはエリスとアクアの血で滴《したた》っていた剣を鞘に収めた。
黄昏に染まって横たわる二人の身体が、赤い水溜まりを広げている。
「墓を、二つ増やさないといけないね」
すまないエフィー。けどマリーを守る為に戦っていたボクに矢を放ったんだ。仲間ならアクアを説得するなりして止めるべきなのに。仕方がなかったとはいえ、惜しい事をしたよ。
アクアだってそうだ。どうしてマリーに矛先を向けたりしたんだ。国を担う姫というだけで、ただのか弱い女性だというのに。
確かに気に食わないところはたくさんあったけれども、殺したいほどアクアが憎かったわけじゃないんだ。どうして、マリーを受け入れてくれなかったんだ。
鼻をツンとさせる臭いが立ち込める。髪を揺らす微風が吹いた程度では、吹き飛んでなどくれない。
って、そうだよな。思い切り返り血を浴びてしまってるんだ。この臭いは仲間を手にかけた戒めだろう。
「ジャス様」
遠くから労しげな声で呼ばれる。マリーの眉がツラそうに顰められてた。あぁ、心配させてしまったか。
歩いてマリーの傍まで近付くと、ボクの胸に飛び込んできた。
「マリー」
抱き締めると、細い方が小さく震えていた。よっぽど怖かったんだろう。
「すみません。ジャス様。お身体は大丈夫ですか」
マリーは身体を離すと、気遣わしげな上目遣いで聞いてきた。
「ボクは無傷だよ。返り血を浴びちゃってるから血まみれだけどね」
「よかった。けど、わたくしのせいでお辛い思いをさせてしまいましたわ」
微笑みながら安堵したのも束の間、マリーが横たわるアクア達を伏し目がちに見やる。
マリーの視線に誘導されるように振り返って眺める。
「彼女たちは大切な仲間だったよ。きみの事を受け入れくれてたらもっと手を……えっ?」
背中から鋭い衝撃が突き刺さる。見下ろすと、ボクの腹から短剣が延びていた。
「ごくろうさま。コレでお前も用なしですわ。さっさとくたばって下さいまし」
誰の声だ、コレは。
棘のある聞き慣れた声を全力で拒絶する。腹から短剣を抜かれると同時に、背中から突き飛ばされる。
地面に転がりながら見上げるマリーが、地の底よりも冷たい眼差しでボクを見下していた。
「うっ、ウソだ。何かの間違いだろ。そうじゃないなら、夢か何かだ」
身体中に痛みが響く。身体が熱を帯びて、汗が止まらない。
「滑稽でしてね。政のまの字も知らないバカだって事は知っていましたが、現実を見れないほど愚かだったなんて。死んでから初めて知りましたわ。クソほどの役にも立たない知識でしてけど」
「なっ」
驚愕のあまり声も出ない。目の前にいるこの女は誰なんだ。マリーがこんな口汚く慈悲のない事を言うはずない。言うはずないんだ。
何もできずに見上げていると、拍手と共に足音が近付いてきた。
「キャハハハハっ。ちょーウケるー。ほんとマリーちゃん演技派だねー。もー完璧だよー」
拍手の主は、マリーに背中から滅多刺しにされて息絶えたはずの、魔王ヴァリーだった。




