567 波紋
朝ジャスがワイズとクミンを引き連れて、ヴァリーとの戦いへ出かけていった。
私はその間、エリスやロンギングの精鋭達と一緒にハード・ウォールの復興作業に勤しんだ。
エリスが戦いに参加できないグチと、重労働をやらされる文句を漏らしていたね。確かに楽しいものじゃないけども、一番戦力になるのもエリスだから。励ましながら働いたよ。
私だって瓦礫を粉砕しては撤去してを延々とがんばったんだから。
どんな事だって没頭できればあっという間に時間は過ぎちゃう。
不安なんて抱いてる余裕ないくらい、目の前には仕事が溢れてるんだから。だから、湧き上がってくるイヤな予感なんて、感じてる暇なんてない。
ないんだけど、どうしても、もしもが頭に過るんだよね。
胸騒ぎが止まらない。想像出来る最悪が実現しそう。ヴァリーが勝って、ジャス達が全滅する最悪が。
お願いだよヴァリー。身を弁えてよ。
気がつけば空はオレンジに染まっていた。
私は一人でなんとなく墓地の中に入り、ヴァリーのキャッスル・プリンセスが建っていよう方向を眺める。
傷だらけでもいい。せめてジャスだけは帰ってきてほしいと。
「アクア。なにも墓場なんかでジャス達を待たなくていいじゃない。しかも一人で」
「エリス。なんか、ジっと待っていられなくってね。墓地なら一人になれると思ったから」
一人静かに過ごせたら、心の水面で揺れる不安の波紋を落ち着かせられるんじゃないかって感じたから。
「そりゃ大人数で賑わうような場所じゃないでしょうけど、何もない黄昏の墓場で一人佇むのはやめてほしいな。消え入りそうで怖いから」
悲しそうなエリスの微笑み。心配させちゃってたんだな。
「ありがとエリス。大好きだよ」
「はいはい。アタシも好きだから唐突にそんな事言うんじゃないわよ。恥ずかしいったらありゃしないわ。ん?」
エリスがツンと照れながら視線を背けると、何かに気付いて声を上げる。視線を追ってみると、地面にポツンと一本だけ草が生えていた。
「植物っていうのは逞しいわね。こんな場所に生えるだなんて。前墓地の入った時には気付かなかったわ」
「ホントだね」
クスクスと同意しながら疑問に思う。この草、どこかで見た事あるような。
首を傾げていたら、複数の足音が近付いてきた。振り向くと、返り血に汚れつつも煤けた笑顔のジャスがいた。
そしてジャスの影に隠れるように、もう一人女性が一緒にいる。誰だろう。クミンじゃなさそうだけど。
「ジャス。ワイズとクミンはどうしたのよ」
エリスが疑問を投げかけると、ジャスは沈痛な面持ちで首を横に振った。
そっか。二人とも戦死しちゃったんだ。
「ヴァリーの卑劣な罠にはまってしまい、高い崖の上から落とされてしまったよ。落ちて生きていられるような高さではなかった」
「そんな」
エリスが目を見開いて後退る。ショックだよね。二人ともいい人だったし、私も嫌いじゃなかったよ。
「多大な犠牲を払ってしまったけれども、無事に魔王ヴァリーを倒す事ができた。奇跡的に蘇った、彼女のおかげで」
ジャスが半身を下げて、後ろにいた女性の全貌を見せた。
瞬間、一石を投じられた水面のように、動揺という波紋が広がった。いや石なんてもんじゃない。もはや岩。全力で岩を放り投げ入れられたような衝撃が身体中を駆け巡る。
この戦い、ジャスさえ生きていれば誰が死んで誰が生きててもどうでもよかった。最悪なのは、ジャスが死んでしまう事だって思ってたから。
やめてよ。なんで想定していた最悪を超える最悪が起きちゃってるのっ!
コイツだけはダメ。マリーだけは、何がなんでも殺しとかないと。
私は姿を現したマリーへと肉薄しながら、トライデントを精製して突き出した。




