565 最愛の誓い
初めてかもしれない。心の底から安堵して泣いたのは。
失ってしまったはずの最愛の人を抱き締めて、なんの外聞も気にせずひたすらに。
こんな情けない男だというのに、マリーは優しく受け入れてくれた。
たくさんたくさん泣いて、ようやく泣き止んだのはヴァリーの魔王城が完全に崩壊してからだった。
「ごめん、マリー。きみの気持ちも考えずに、はしたないマネをしてしまって」
落ち着いてからボクは、なんて大胆な事をしでかしてしまったんだと自責した。夫婦だった頃でさえ、感情を爆発させた事はなかったのに。気恥ずかしさもあって、視線をつい泳がしてしまう。
すると返り血に染まった細い手を、ボクの頬にそっと添えた。泳がせた視線がマリーへと誘導される。
「いいのですジャス様。わたくし、魂になってなおジャス様の事を見守っていましたわ。とてもツラい事の連続で、あなたが壊れてしまわないか気が気でなりませんでした。少しでも癒やせたのなら、こんなに嬉しい事はありませんわ」
碧の瞳を潤ませながらも、まっすぐにボクを見据えてくれる。
もうダメだ。二度と手放せない。手放してなるものか。
「マリー。ボクにはまだ戦うべき敵が残っている。タカハシ家はとても強く、これからも険しい戦いになるだろう」
「存じ上げております」
「だから、マリーにはいったんロンギングに戻ってもらいたい。無論ボクたちが全力で守りながら送っていく。だから、ボクの帰りを待っていてくれないか」
心配で堪らない事を真摯に伝えるも、マリーは怯えるように震えて顔を横に振った。
「マリー?」
「イヤですわ。わたくし、ジャス様のお側にいたいのです。足手まといになってしまうかも知れませんが、一時も離れたくありません。もう、ジャス様がお側にいて下さらないと、不安で仕方がないのです」
マリーがか弱い女の子であると、初めて認識させられる。気丈で心強く、民を導く頼もしい姫がボクの中のマリーだった。
一度殺されているんだ。不安に決まっている。それにボクがいないロンギングが再び襲われたら、いったい誰がマリーを守れよう。
ボクの目の届く場所で守るのが、より確実じゃないか。でも。
「マリーの気持ちは痛いほどわかる。けど今、ボクが一緒に旅している仲間には」
「わたくしを殺した、悪しき娘がいるのでしょう」
青くウェーブのかかった髪に、無邪気な笑顔の少女が思い浮かぶ。人畜無害そうで優しくもあると同時に、人の命をどこまでも軽く見るバケモノ。
「大丈夫でしてよ。だって改心して正義の心に目覚めたのだから、ジャス様と共に旅をしているのでしょう。でしたら、わたくしの事もきっと受け入れて下さいますわ」
清廉に、正義を信じてマリーが言い切った。
本当にそうだろうか。アクアは異常なほどマリーに敵愾心、いや殺意を抱いていた。説得できるイメージがわかないし、できる事ならマリーの存在を隠し通しておきたい。
「けどもしもの事があるかもしれません。その時は、ジャス様がわたくしを守って下さいますか?」
怯えた小動物のように、マリーが懇願する。
不安がないはずがない。一度殺された相手、怖くて堪らないだろう。それでも正面から向き合おうとマリーが言っている。
悍ましいほどの恐怖に立ち向かう姿は、勇者のボクよりも汚れなく立派だ。
守ろう。何が起ころうとも、誰が相手になろうとも。
「必ず、マリーを守り通してみせる。行こう、一緒に。ボクの仲間達にマリーを受け入れてもらいに」
「えぇ、ジャス様。どこまでもついて行きますわ」
ボクたちは互いに手を取り合って、崩壊したハード・ウォールへと足を踏み出した。




