564 姫
無我夢中とでもいうべきか。狂乱に満ちた眼差しのマリーは、ヴァリーの背中を短剣でひたすら抜いては刺すのを繰り返す。
抜いた際に吹き出る返り血を何度も浴び、青いドレスを血みどろへ染めていく。
「痛いっ! ヤダっ、やめっ!」
痛みに耐えきれなくなったヴァリーが俯せに転ぶと、這って逃げるように前へと手を伸ばす。
「逃がしませんわ。こんなにもジャス様を慰み者にしておいて、ただで済ませておけるものですか!」
マリーがヴァリーに馬乗りし、力一杯叩きつけるように背中を滅多刺しにする。
「ヒギっ! ガっ! バっ! いやぁぁぁあっ!」
オレンジ色の瞳から涙を流し、口から血を流しながら醜く叫ぶ。
豹変しきったマリーの狂気にも驚いているが、されるがままヤられているヴァリーにも驚いている。
あまりにも呆気なく、必死で、弱すぎる。タカハシ家の一員とは思えない。
いくら何でもマリーがそのままヴァリーを倒すなんてあり得ない。アクアから一番弱いと教わっているとはいえ、マリーの不意打ち程度で倒せるはずがない。
そう思った瞬間に気付く。ヴァリーは他のタカハシ家と違って、無数の配下を使役しながら戦っている事に。
まさか群れを成し、女王然とした戦術をとっていたのは、ヴァリー自身の打たれ弱さを隠す為では。いやまさか。
「あっ、ぁっ……」
ヴァリーの伸ばしていた手が力をなくして地に落ちる。すると無数に湧き出ていたアンデット達が溶けるように地へ還ってゆく。
いくらなんでも、そんな。こんな呆気ない事。こんな呆気ないヤツに、ワイズとクミンは。
「はぁ、はぁ、ジャス様」
マリー派息を切らしながも頬を緩ませ、甘い声でボクの方に振り向いた。
わたくし殺りましたわ、褒めていただけます。と顔に書いてあるようだ。
血塗られた短剣を鞘に収め、服の内側にしまい込む。そして近寄ると、返り血で染まった手を差し出してきた。
「うっ、あっ」
あまりにも不釣り合いすぎる光景に、呻き声を出して尻込みしてしまう。
「あっ、ごめんなさいジャス様。わたくし、ジャス様が苦しんでいる姿を見たら頭に血が上ってしまって、気がついたら一心不乱にあの悪しき少女を刺してしまいました。こんな汚れた手、触れたくないのも当然ですわね」
マリーは伸ばした手をためらうように引き、不安げに眉を顰めて目尻に涙を溜める。
「いや、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、本当にマリーなのか。だって、きみは」
「青髪の悪しき少女に殺された、ですか?」
フラッシュバックする光景。飛来するアクアのトライデント。驚愕で見開かれたマリーの瞳。貫かれ、はりつけにされた身体。脳裏にこびりついた悪夢。
「正直、わたくしにもわかりませんわ。どうして今、この地に立って動けているのか。もしかしたら神の思し召し、奇跡なのかもしれません」
胸に両手を当てながら訴えかける姿は、血に汚れていようが神々しく、ボクを導いてくれる女神のようでもあった。
「ただお仲間を失ったジャス様がいたたまれなくて、少しでもお助けしたくて、様々な思いが溢れた瞬間、わたくしは身体を得て行動をしておりました。押さえつけていた醜い感情をむき出しにして。もしもわたくしを異物に思うのならどうか、ジャス様の手で再び天へとお還し下さい」
マリー両手を広げ、身を差し出しながら目を瞑る。
ボクはヨロヨロと立ち上がり、力一杯マリーを抱き締める。
「できるわけないだろう。ボクの手で、愛しのマリーを殺すなんて。奇跡でもありえなくても何でもいい。マリーがただここにいてくれれば、それで」
「まぁ。ありがとうございますわ。こんなわたくしを受け入れて下さるなんて。嬉しい」
耳元で聞こえる優しい音色は、ドロドロに淀んだボクの心を癒やすようだった。
ボクはマリーを抱き締めながら、ヴァリーの魔王城が崩れ去っていくのを目の当たりにした。




