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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第9章 深怨のヴァリー
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564 姫

 無我夢中とでもいうべきか。狂乱(きょうらん)に満ちた眼差(まなざ)しのマリーは、ヴァリーの背中を短剣でひたすら抜いては刺すのを繰り返す。

 抜いた(さい)に吹き出る返り血を何度も浴び、青いドレスを血みどろへ染めていく。

「痛いっ! ヤダっ、やめっ!」

 痛みに耐えきれなくなったヴァリーが(うつぶ)せに転ぶと、()って逃げるように前へと手を伸ばす。

「逃がしませんわ。こんなにもジャス様を(なぐさ)み者にしておいて、ただで済ませておけるものですか!」

 マリーがヴァリーに馬乗りし、力一杯叩きつけるように背中を滅多(めった)刺しにする。

「ヒギっ! ガっ! バっ! いやぁぁぁあっ!」

 オレンジ色の瞳から涙を流し、口から血を流しながら(みにく)く叫ぶ。

 豹変(ひょうへん)しきったマリーの狂気にも驚いているが、されるがままヤられているヴァリーにも驚いている。

 あまりにも呆気なく、必死で、弱すぎる。タカハシ家の一員とは思えない。

 いくら何でもマリーがそのままヴァリーを倒すなんてあり得ない。アクアから一番弱いと教わっているとはいえ、マリーの不意打ち程度で倒せるはずがない。

 そう思った瞬間に気付く。ヴァリーは他のタカハシ家と違って、無数の配下を使役しながら戦っている事に。

 まさか群れを成し、女王(ぜん)とした戦術をとっていたのは、ヴァリー自身の打たれ弱さを隠す為では。いやまさか。

「あっ、ぁっ……」

 ヴァリーの伸ばしていた手が力をなくして地に落ちる。すると無数に湧き出ていたアンデット達が溶けるように地へ(かえ)ってゆく。

 いくらなんでも、そんな。こんな呆気ない事。こんな呆気ないヤツに、ワイズとクミンは。

「はぁ、はぁ、ジャス様」

 マリー派息を切らしながも頬を緩ませ、甘い声でボクの方に振り向いた。

 わたくし()りましたわ、褒めていただけます。と顔に書いてあるようだ。

 血塗られた短剣を(さや)に収め、服の内側にしまい込む。そして近寄ると、返り血で染まった手を差し出してきた。

「うっ、あっ」

 あまりにも不釣り合いすぎる光景に、(うめ)き声を出して尻込みしてしまう。

「あっ、ごめんなさいジャス様。わたくし、ジャス様が苦しんでいる姿を見たら頭に血が上ってしまって、気がついたら一心不乱にあの悪しき少女を刺してしまいました。こんな汚れた手、触れたくないのも当然ですわね」

 マリーは伸ばした手をためらうように引き、不安げに眉を(ひそ)めて目尻に涙を溜める。

「いや、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、本当にマリーなのか。だって、きみは」

「青髪の悪しき少女に殺された、ですか?」

 フラッシュバックする光景。飛来するアクアのトライデント。驚愕で見開かれたマリーの瞳。貫かれ、はりつけにされた身体。脳裏にこびりついた悪夢。

「正直、わたくしにもわかりませんわ。どうして今、この地に立って動けているのか。もしかしたら神の思し召し、奇跡なのかもしれません」

 胸に両手を当てながら訴えかける姿は、血に汚れていようが神々しく、ボクを導いてくれる女神のようでもあった。

「ただお仲間を失ったジャス様がいたたまれなくて、少しでもお助けしたくて、様々な思いが溢れた瞬間、わたくしは身体を得て行動をしておりました。押さえつけていた醜い感情をむき出しにして。もしもわたくしを異物に思うのならどうか、ジャス様の手で再び天へとお還し下さい」

 マリー両手を広げ、身を差し出しながら目を(つむ)る。

 ボクはヨロヨロと立ち上がり、力一杯マリーを抱き締める。

「できるわけないだろう。ボクの手で、愛しのマリーを殺すなんて。奇跡でもありえなくても何でもいい。マリーがただここにいてくれれば、それで」

「まぁ。ありがとうございますわ。こんなわたくしを受け入れて下さるなんて。嬉しい」

 耳元で聞こえる優しい音色は、ドロドロに(よど)んだボクの心を癒やすようだった。

 ボクはマリーを抱き締めながら、ヴァリーの魔王城が崩れ去っていくのを目の当たりにした。

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