562 エスコート
倒れている青年を発見した瞬間、ワイズとクミンがなんの躊躇いもなく駆け寄った。
即座に罠だと警戒して動かなかったボクは、心がひ弱になってしまったのだろうか。見た目も雰囲気も、魔物のソレではないというのに。
「おいっ。大丈夫かお前。しっかりしろ」
ワイズが青年の身体を揺さぶると、うっと反応を示す。重たそうな瞼を開いてピントを合わせると、悲鳴を上げて後退りし出した。
「わぁぁぁあっ。くるなっ。人間の振りしてオレを殺す気だろっ」
怯えた声を上げ、ハード・ウォールで初めて会った男と似たような反応をする。この必死でリアルな反応は、生きた人間にしか出せない。少なくとも、演技っぽさは微塵も感じられない。
「落ち着きな。それ以上後ろへ下がると落ちるよ」
「へっ? うわぁぁぁあっ」
クミンに忠告された青年は、後ろが崖っぷちである事を認識。恐怖を声に出して身体を固める。
「いいから冷静になってよく聞け。オレ達はれっきとした人間で、勇者一行だ。殆ど滅びちまってから言うのもなんだけどよぉ、ハード・ウォールを救いに来た」
「とにかくワシらが近付くまで動くんじゃないよ。お前は今、気が動転してて危ないからね」
魔王城の門付近で佇んでしまっているボクは、ワイズとクミンが救出をしている姿を見て己を恥じる。
人に手を差し伸べる事に怖じ気づいている自分が、どこか惨めで仕方なくなってくる。
青年を助けようとワイズとクミンが崖の方に寄って行くと、急に地面から腐臭が湧き上がってきた。
「なっ!」
「まさかこのタイミングかよ」
「してやられたね」
地面から無数のゾンビとスケルトンが湧き出てきた。
ボクとワイズ達を遮断する壁のような密集と、ワイズ達をCの字に取り囲んだ群衆。穴のある部分は単純に崖で、湧き出る為の地面がないだけだ。
焦りながら剣を抜き、切っ先をアンデットの群れへ向ける。ワイズとクミンは恐怖に絶叫をしている青年を守るように、二人隣り合わせで武器を構えている。
「キャハハハっ。引っかかった引っかかったー。ダサー」
油断なくアンデットの群れを見渡していると、人を小馬鹿にする高い声が頭上から降り注いだ。
ハッと驚いて見上げる。魔王城の外壁に刺さった棒に腰掛けた魔王ヴァリーが、壁に背をもたれて足を揺らしながら見下していた。
クセのかかった赤髪をツインテールに束ねていて、攻撃的な吊り目をオレンジ色に輝かせている。赤い豪奢なドレスに身を包んでいるのは、白くて貧相な身体だ。
「魔王ヴァリー」
「いいねー。その驚愕したお顔ー。ウケるー。ヴァリーちゃんのキャッスル・プリンセスはどうだったー。自慢のお城だったからー、特別に見学させてあげたんだよー。冥土の土産ってやつー」
何がそんなにもおかしいのか、絶え間なく高い声で笑うヴァリー。どこまでも見下した態度を崩さない。
「なかなかに豪華で凄かったぜ。庶民のオレは気後れしちまって居心地悪かったけどな」
「広くて優雅だったじゃないかい。ドワーフのワシはもっとこぢんまりした空間の方が好きだけどね」
ワイズとクミンが皮肉を返すが、洟も引っかけないで舐めきった態度を続ける。
「随分と用意周到じゃないか。人質までとってボクたちを罠にかけるなんて。よっぽど臆病とみた」
状況に対しての挑発をし、少しでも激高してくれればと願う。冷静を欠いてくれれば、状況をひっくり返すきっかけを作れるかもしれない。
けどヴァリーは逆に上機嫌となり、腹の底からひたすら笑う。肺の空気がなくなるんじゃないかって程に。
「ヴァリーちゃんはねー、人質なんて一人もとってないんだよー。だってソレー、もう生きてないもーん」
「なっ、まさか」
「おいっ、ウソだろ」
ヴァリーが宣言した瞬間、水色の髪の青年がワイズとクミンの腕を握った。
バカなっ。彼は紛れもなく生きた人間だった。ボクも、ワイズもクミンも見分けができていたはず。
「ヴァリーちゃんが手間をかけて作った特製アンデットだもーん。擬態性能も然る事ながらー、膂力だって凄いんだもーん」
そして青年はグチャグチャに表情を崩し、壊れたように笑いながら崖へ力強く跳んだ。
「っ!」
両手で掴んだワイズとクミンを、強引に連れていくように。非力なワイズどころか、剛力なクミンまでもが宙に足を浮かせる。
「最初で最後の仕事だよー。地獄へ向かうついでにー、その二人をエスコートしてよー。役目でしょー。キャハハハハっ!」
驚愕に目を見開いた二人が、崖底へと姿を消していった。
「あぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
甲高い笑い声が耳に響く中、ボクは絶叫を上げるしかできなかった。




