561 ゴーストハウス
魔王ヴァリーの魔王城へと続いている、蛇のように長く曲がりくねった道を警戒しながら進んでいく。
馬車が余裕で入れ違えそうなほどの道幅をしているが、一歩道を踏み外したら崖の下へと真っ逆さまに落ちてしまう。
目測するのもバカらしい高さ。落下は間違いようのない死に直結している。
必然的に、できるだけ道の中央を位置しながら魔王城を目指す。
勿論その安全そうな考え方へと誘導する罠の可能性だってある。
例えば端の方が地盤が固められていて中央は脆く崩れやすかったりだとか、複数のアンデットが事前に埋められていて取り囲む形で待ち伏せされているだとか。
とにかく警戒するに越した事はない。一歩ずつ気を張りながら進んでいき、そして何事もなく魔王城へと辿り着いた。
「ふぅ。ヒヤヒヤさせやがって。今んところは魔王ヴァリーに動きなしか」
「だとすると、城内に入ってからが本番ってトコかい。気を引き締めないとね」
ワイズが腕で顔を拭い、クミンが魔王城を見上げる。
敢えて外に何も仕掛けてなかったって事は、城内でのお出迎えに自信があるのだろう。剣を握る手に力がこもる。
「どんな敵、どんな仕掛けが待ち構えていてもやる事は一つ。魔王ヴァリーの討伐だ。行こう」
緊張しながら豪奢で大きな扉を開く。広々としたエントランスが目に映る。青い絨毯は縁が金糸で刺繍されていて、ピカピカに反射する大理石に敷いてある。
正面には二階へと続く階段。幅が広く末広がりになっていた。手すりの装飾は丸みを帯びていつつも、見る者を飽きさせない形状になっている。
天井は広く、大きな金のシャンデリアが吊してある。
他にも絵画やら壺やら目に映る装飾はたくさんあったが、一番気になったのは静けさだった。
「何もいねぇな」
「盛大な歓迎を受けると思ってたんだけどね、拍子抜けだよ」
ワイズがエントランスを見渡しながら声を漏らし、クミンが構えた大剣の切っ先を下げる。
「先に進もう。何もいないけど、なんだか不気味だ」
一見するとただの豪華な貴族の屋敷。事情を知っていなければ魔王城だなんてとても思えない内装。言わば敵の巣窟。なのに何も感じられないのが、恐怖だ。
ボクたちは三人で離れずに魔王城を隅々まで探索する。
待ち受けるのは広く綺麗な廊下に小洒落た部屋の数々。そして館の主を飽きさせないように飾られている装飾品の数々。
「ほんとうに何も出てこないね。ワシらは場所を間違えたのかい」
「クミンの気持ちもわかるけどよぉ、無人にしちゃ不自然だぜ。埃一つねぇのは管理者がいる証拠だ。なのに生活感がねぇ。まるで幽霊屋敷だな」
辺りを見渡しながらクミンが訝しむけど、ワイズが一種の答えを出した。
この屋敷は静かすぎる。何も感じなさすぎて、危機感がちゃんと働いているのかを疑ってしまう。本当に感覚が鈍っているのではないだろうか。
「正直オレは、急に絵画や壺が浮かんでぶつかってきても驚かねぇぜ」
「ソレは怖いな。けど何かアクションが起こってくれた方が、逆に安心できそうだよ」
「とにかくこの城を調べちまうよ。あわよくば魔王ヴァリーとご対面したいからね」
無駄口を叩きつつもひとつずつ調べ上げる。何もなさ過ぎて途中から気が緩んでしまってもいた。そんな不抜けた状態で調べ回った結果。
「本当に何もいねぇじゃねぇか。どうするジャス、もう一回調べるか」
この城は無人だと結論つけた。エントランスに戻ってきたボクたちは、今後の行動を相談する。
「ワシは反対だね。いない理由を考えたら、一刻も早く戻るべきだよ」
クミンの懸念もわかる。ボクたちを魔王城に引きつけておいてハード・ウォールへ攻め込んでいるのではないか。けど、もう崩壊しているのに引きつける意味がわからない。残党狩りをヤるならとっくにヤっているはずだから。
「わからないけど、これ以上ここにいても仕方ない。いったん戻ろう」
結論つけて外へ出ると、道の真ん中に人が倒れていた。水色の髪をした青年。シスターから見つけても、見捨てろと忠告された男だった。




