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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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55 姉妹の温度差

「わたくしの出生についてお話ししなければなりませんね。わたくしはチェチーリア・フォン・ノーバート。昔は王都ロンギングを取り仕切る第一王女でしたわ」

 かなり身分の高い人な気がするんですけど。一般人の俺から見て高みの存在っぽいんですけど。いや、おちつけ。王都といっても規模の大小はあるはずだ。案外小さい方の王都かもしれない。

「ちなみに、その王都……えっと?」

 手で額を抑えつつ、机に視線を落として声を出す。

「ロンギングですわ」

「そう、そのロンギヌスはどんな規模の街なんですか」

「ロンギングですわ。ロンギヌスでは伝説級の槍になってしまいます。規模でいえばイッコクで一番と言えますわ。アスモ魔王群からの侵略を阻む最大戦力を有していますもの。勇者もロンギングを拠点に活動をしていますわ」

 マジメな話に愛称を使われると違和感が半端じゃないな。って、そうじゃなくてだ。

 切り替えるように頭を振り、チェチーリアを見上げる。

「勇者についても聞いてみたいけど、まぁ後でいいや」

 まぁ、後にしたことはたいてい聞く前に忘れてしまうんだけどね。でも今はそこじゃない。

「そんな重要な王都の第一王女が、なんで魔王の嫁になったんですか」

 さらわれる以外の状況なんて想像できないんだけど。

「わたくしが邪魔だったからですわ」

 チェチーリアはハーブティーを一口して自嘲する。金の髪が揺れ、碧眼の瞳は悔やむように遠い日を眺めている。

「邪魔って、何で」

「先ほども言いましたが、わたくしは第一女王です。そして王位継承権はわたくしの兄弟全員にありましたわ」

 あっ、物凄くめんどうなやつじゃん。それも絶対に関わりたくないレベルの。

 思わずパッカリと口が開いてしまう。一段とまぬけ面が光っていることだろう。

「お父様も()の子を欲しがっていましたわ。ですが生憎正室(せいしつ)であるお母様は姉妹しか産めませんでした。側室(そくしつ)の妻には男の子を何人か授かりましたが、王の器には育ちませんでしたわ」

 正室とか側室って。八人ずつ妻と子供がいる俺が言うのもアレだけど、イッコクは一夫多妻制を採用してるんかねぇ。さすが異世界だわ。

「順当にいけばリアが次の王だったのか。器があったかどうか知らないけど」

「あったのですよ。幼少の頃から厳しい教育の日々に追われましたわ。世界の地理に経済学、社交界の礼節や趣味の特化。食事の礼儀作法と体型の維持も入っていましたわ」

 何気なく指折り数えるチェチーリア。数多くの教育を乗り越えてきたと考えると、パッと聞き流していい内容じゃない。

 うわぁ。聞いているだけで滅入(めい)るって。貴族の子供生活って聞きしに勝る大変さだよ。俺には無理だ。

 悲鳴が上がる思いだ。想像すら拒んでしまう。

「ちなみに、何歳ぐらいからやってたのでございましょうか」

「変な敬語がより変になっていてよ。そうですね、物心がついた頃にはもう、教育の嵐まっただなかでしたわ。遊んでいる子供を羨ましく思ったのはいい思い出でしてよ」

「さ、左様でございますか」

 シャレにならないレベルの教育でございますね。

 辟易(へきえき)としていると、ホホホと笑いが聞こえてきた。

「だから、耐えられる方が少なかったのですわ。候補に残ったのはわたくしと、実の妹であるマリーヌ・フォン・ノーバートの二人だけでしたもの」

「あっ、妹さんも優秀だったんですね」

 言った瞬間、チェチーリアの表情に陰りが落ちる。

 あれ、ひょっとして地雷だったりする。

「昔はとてもかわいかったわ。いつも後ろからついてきて、お姉さま遊んでとかお姉さま大好きとか、とても愛おしかったですわ」

 かった、か。過去形にして完璧に切り捨てるなんて、よっぽどのことがあったのか。

 チェチーリアはカップに手をかけたまま、水面を見つめている。反射する表情は懐かしむようであり、悔やむようになる。

「ですがマリーヌはパーティやお茶会という、策略と嫉妬の荒波に飲まれて野心家に育ってしまいましたわ。心は真っ黒に染まり、誰を蹴落とそうとも権力をもぎ取ることを選ぶようになってしまいましたわ」

「それは、また」

 闇落ちしてんじゃねーか。聞いているだけで気持ちが暗くなってくる。

「どうにかして心の闇を払い、元のやさしいマリーヌに戻してあげたいと思いました。ですがその蹴落とす対象には、わたくしも含まれていましたの」

 ハーブティーの水面に波紋が広がる。心の動揺を映しているかのように。

「わたくしが十四歳のとき。忙しい日々に追われながらもどうにか時間を作って、マリーヌと話をするつもりでした。そしてようやく時間を合わせられたのです。翌日の約束に喜びながらベッドに潜りました。次の日も朝の日差しを浴び、青空を見上げられると信じて」

 チェチーリアは見上げると、眩しそうに天井を眺めた。天井を透かし、空を瞳に捉えているのだろう。魔王領の淀んだ空じゃない、澄み渡る青空を。

「いつものように目を覚ましたら、いつもとは違う場所にいましたわ。紫色の淀んだ空に不気味に枯れた森。わたくしは魔王領の森に一人きりになっていました。当時は知る由もなかったのですが、後からアスモにマリーヌの所業(しょぎょう)で追い出されたと聞きましたわ」

 おいおい、マリーヌってやつはそこまでやるわけ。魔王領に十四の少女が一人って、魔物に殺されてもおかしくないじゃないか。

「ンなバカな。どうしてそこまで非道になれるんだよ。何かの間違いじゃないのか。第一どうやってリアを追い出したんだ」

 視線を下したチェチーリアは、碧眼をつむって首を横に振った。

「魔王の諜報は本物ですわ。マリーヌは裏金で転移魔法の使い手を複数人雇って、寝ている間に転移をさせたそうです。まるで料理人が生ゴミを捨てるか如く、ですって」

「生ゴミって」

「目障りで、顔も見たくない存在。それがマリーヌのわたくしに対する評価になっていたようです。生ゴミの方がまだ、うるさくないとも思っていたと」

 ウソだろ。血の繋がった姉妹ってそんなんなのか。もっとこう、思いやりとか絆とかってなかったのかよ。

 聞いているだけで絶望に打ちひしがれるっていうのに、実際に起こったらどんなに苦しいのか。

「ただ、わたくしは幸運でした。訳がわからず彷徨っている間に魔物に遭遇(そうぐう)しなかったのですから。最初に出会ったのは、姿を見ただけで心の芯から震えだす容姿をしたアスモでしたわ」

 いや、だから愛称で呼ぶのをやめようぜ。緊張感が霧散するから。

 首をガックリさせると、チェチーリアはニコニコとハーブティーを飲んだのだった。


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