555 諦観の覚悟
「もしよろしければ、亡くなった方々へ祈りを捧げていかれますか?」
シスターの話を聞き終えたボクは提案を受け、教会近くにある手作りの墓場へと足を踏み入れた。
ワイズとクミンもボクに付き合って着いてきている。
廃材を十字に括って地面へ突き刺しただけの、みすぼらしい墓が一面に広がっている。数え切れないほどの多さが、被害の大きさを無言で物語っている。
「ちっ。実際に無数の墓を見ちまうと、改めて死者の多さを痛感しちまうぜ」
「これでもシスター達ができる限りの墓らしいよ。墓ももらえない犠牲者の方が遙かに多いだろうね」
沈痛な面持ちで舌打ちするワイズに、クミンがやりきれない表情で補足を加える。
墓の数の多さに頭が埋め尽くされるけれど、感情はやってこない。
ちょっと前なら許せないとか、仇は討ってやるとか心の内から湧いてきたんだけれども。何かを諦めてしまっているからなのか、心が揺さぶられない。
「なぁジャス、とりあえず祈ろうぜ。例え墓に誰一人埋まっていなかったとしてもよぉ」
ワイズがボクの肩に手を置きながら祈りを促した。
そう、この墓場には死者が一人も埋まっていない。大事にしていた指輪とか、大好きだったぬいぐるみとかがその人の代わりに埋まっている。
コレだと言わしめる物が埋まっているなら上出来な方。酷い場合は、最後に着ていた服の切れ端や普段使いしていた皿の割れた物まで埋まっている始末だ。
「そうだね。祈ろう」
ボクたちは黙祷を捧げる。せめて魂だけは安らかに眠ってほしいと願って。
墓に死者が埋まっていない理由は二つ。一つは魔王ヴァリーが残らず回収して魔王城へと持ち帰ったから。新たなアンデットの素材にする為に。
そしてもう一つは、例え死体が残っていたとしても近くに埋葬するのが怖いから。いつ地面を突き破って襲いかかってくるかもわからない。生き残った人たちは、そんな体験をイヤというほどしてきた。
目を開いて、無人の墓場を眺める。
「ワイズ、クミン。もしボクが一番最初にハード・ウォールの救援に向かっていたら、こんな悲劇は起こらなかったのかな」
再び旅立つと決めたあの時は、とにかくマリーの仇討ちをしたくてアクア以外は選択肢にすら入れていなかった。
そして後から言い訳するように、ハード・ウォールの強固さなら大丈夫だと言い聞かせてきた。いやウソだ。ハード・ウォールそのものを意識すらしていなかった。
その時点で、ボクは勇者をしていなかったのかもしれない。
「そんなの、わかるわけないだろう。けどだからって、他の場所を後回しにしてたらどうなってたかもわからないじゃないかい」
「そうだぜ。あっちを立てたらこっちが立たなくなるってヤツだ。もどかしい現実だけどな」
クミンの言う事も一理あるけど、割り切る事もできない。整理できないモヤモヤが身体の中を駆け巡って、思わず溜め息が漏れる。
「どうして、世の中ってままならないのかな」
ハード・ウォールが無事だったら、マリーの伝手を頼ってれていた。大きな街だけあって、繋がっていた貴族も多かった。長旅の疲れを癒やす為に、部屋も借りれていただろう。例え、きな臭い背景があったとしても。
腰に刷いている愛剣を握ってみる。普段より重さを感じるのは身体が鈍ってしまったからだろうか。それとも勇者の重圧が重すぎるからだろうか。
久しぶりに剣を抜き、振るってみる。
「ジャス」
「久しぶりじゃないかい。剣身を見るのは」
重心の移動が安定しない。キレもない。並みの魔物ならば問題ないだろうけど、魔王ヴァリーと戦うにはあまりにも頼りない。けど、少しでも動かなきゃいけない気がする。
自分の不甲斐なさに打ちひしがれて、諦めていた。諦めている間は、意地がないからある程度の事に寛容になれていた。心を動かされなくていいのは、ある意味では楽だった。
けど、足掻かなきゃいけない。足掻き方を忘れてるから、凄く疲れるけど。心の奥底に眠っている何かが、動けって言っている気がする。
「戦おうぜ、ジャス」
「大丈夫、ワシらがついてる」
二人の言葉が、ボクの背中を支えてくれる。立ち上がってみよう。せめて最後ぐらいは、勇者のフリをして散ろう。




