551蹂躙の跡
「ウソ、だろ」
分厚く堅牢だった外壁は無残にも崩れ去り、もはや大きな瓦礫としてちらほら地面に突き刺さっている。
強固な門などもはや探す必要もないくらいに、いろんな箇所に街への出入り口が開通していた。
いや訂正がある。外壁の先に、街なんてもう存在していない。
亀裂した外壁の隙間を通って内部に入ると、見るも無惨な光景が広がっていた。舗装されていた広い道路はひび割れて凹凸。歩くのにも一苦労だ。馬車なんてとても通れない。
並んでいたはずの家屋は崩壊したり焼け尽きたりしている。奇跡的に無傷な家もあったが、だからなんだという話だ。至る所に虐殺の跡が残っているのだから。
「うっ、酷い臭い」
久しぶりに顔を見たエリスが、鼻を手で覆いながら顔を顰める。
「トムヤンクンとケーキとシュールストレミングをミックスしたらこんな臭いになるのかな」
アクアも苦い顔をしながら呟いた。よくわからない単語だったが、絶対に混ぜたら危険な組み合わせだろう。
「ここはホントにあの栄えていたハード・ウォールなのかい。見る影もないじゃないかい」
魔王アスモデウスが顕現していた時代でさえ魔王軍の進撃を抑え、平和を享受していた街。薄らとした記憶の面影は、目の前の景色と殆ど一致していない。崩れた建物の数だけが、人がたくさん住んでいた過去を物語っている。
「なんっていうか、さすがはヴァリーって感じかな。手心をまったく感じさせないところとか、ある意味尊敬しちゃうよ」
称賛するセリフを呆れた声色で漏らす。
「おいアクア。ホントにヴァリーは最弱なのかよ。この惨状、とても弱者の所業じゃねぇぜ」
「弱いけど、一番非道とも伝えといたよ。手段を選ばないし、加虐心も強いから一番侵略行為に適正してる」
ワイズが舌打ちをして視線を逸らす。気のせいか奥歯を噛んでいるようにも見える。
「とりあえず、人を探そう。もしかしたら、生き残ってるかもしれない」
「こんな惨状で、生き残ってる人なんているわけないでしょ」
「それでもだよ、エリス。ボクだって、可能性が低い事ぐらいはわかっているんだ」
遠くから強い口調で叫ぶエリスに、ボクは視線を提げながら小さく返す。
「生存者、いるといいけどね。いなかったとしても身体を休める場所を探さないとだよ。こんな状態で放置されてるんだ。いろいろと片付けなきゃ、おかしいね」
クミンがエリスを宥め、辺りを見渡しながら説得しようとして何かに気付く。
「何がだよクミン。もうおかしいもへったくれもねぇだろぉが」
「死体がない。ひとつも」
「あ? あっ」
言われてみれば確かに異様な光景だ。血溜まりが枯れた跡や争いの破壊痕は無数にあっても、肝心の死体がひとつもない。
「どういう事。まさか生き残った誰かだ供養した、とか」
「だったらいいけど、ヴァリーの侵略地だからなぁ。一人残らず手駒にされてる可能性も充分あるんだよね。アンデットを使役するネクロマンサーみたいなもんだから」
エリスが驚きながら生存者の可能性をほのめかし、アクアが最悪のケースで一蹴する。
もしかしたら魔王ヴァリー手によって地中に無数のアンデットが配置され、既に囲まれているかもしれない。
そう思った瞬間、地面が冷たく感じた。
警戒していると、カラカラと物音が聞こえてきた。




