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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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54 チェチーリアと魔王城

 チェチーリアに案内されると、かまどが据えつけられた六畳間が広がっていた。レンガの煙突なんかは風情が出ていていい感じだ。

 石レンガ積みの壁には窓ガラスと勝手口がついている。片すみには薪が積んであり、水瓶も三つ並んでいる。棚には数えるのがめんどうになるぐらいの食器が収まっていた。

 まぁた、中世の台所って感じだな。

「外は食糧庫になっていてよ。冷凍の魔法が常にかけられているから、長く鮮度を保ってくれるわ」

 あぁ、そっか。キッチンだもんな。見える場所には調味料やお茶ぐらいしかないし、冷蔵庫みたいなのがないと困るか。

 キッチンスペースは畳を縦二枚並べたほどの広さを確保してあり、残りは居間としてすごせるようになっていた。ベッドもあればテーブルもあり、タンスも用意されている。手狭ではあるけど、この部屋で暮らすことはできそうだ。

「魔王城にこんな部屋があるなんて。魔王様も用意周到だな」

 俺が驚いていると、ホホホと笑い声が聞こえてきた。

「最初から食堂に、わたくしの部屋があったわけではなくってよ」

「えっ」

「魔王城は魔王、つまりアスモの魔力で建っているんですの。アスモの魔力と気分しだいで簡単に造り変えられましてよ」

 なにそれ、すげぇ便利なんだけど。魔王城って経済的だな。

 改めて思い返す。石レンガの壁も食堂も、子供部屋もチェルの部屋も謁見の間も本物の材質だと思っていた。魔法の産物だなんて夢にも思わなかった。

「その代わり、魔王が討たれたら城は崩れだしてしまいますわ」

「ゲームかよ。いや、すごくわかりやすいけども」

 昔のRPGなんて定番だよな。城が崩れる。脱出しなければってやつ。

「ゲームについてはよくわかりませんが、理解が早くて助かりますわ」

 きょとんと笑顔を(たた)えるチェチーリエ。椅子を引くと、どうぞと促された。

「んじゃ、失礼します」

 座りながら見ると、四角のテーブルに椅子は三つしか用意されていなかった。小柄な椅子が二つに、俺の座っている大き目の椅子が一つ。

「今お茶を用意しますわ。コーイチさんはくつろいでいてくださいまし」

 冗談めいた微笑みを振りまきながら、お茶の用意を進める。食器棚から上品なカップを取りだし、魔法でヤカンに火をかけた。

「すげぇ。魔法だ」

 人間が魔法を使っているよ。話には聞いていたけど、ホントに使えるんだ。

「たいしたことありませんわ。お湯を沸かすくらいの簡単な生活魔法は、誰でも使えますもの」

 遠い目をしながら思う。地球産の人間には無理なんだけどな。憧れるわぁ。

 慣れた手つきでハーブティーを入れてゆく。花の甘い香りが部屋に漂ってきた。

 香りは、とてもおいしそうなんだけどなぁ。

「はい、お待ちどうさま」

「ありがとうございます」

 一口飲むと、独特なクセのある渋みが舌を支配した。現代でも一度リラクゼーションを求めてハーブティーを飲んだことがあるが、アレはクセがキツイから慣れが必要なんだよな。イッコクに紅茶の文化は訪れていないんだろうか。恋しいぜ。

 ニコッとされたので、さもおいしいですと思わせるニコッを返しておく。

 にしても、椅子の数が中途半端だな。普通は四つありそうなのに。使う分しか用意してないのかも。小柄の奴はリアとチェルのだろうから、この大きいのは……

 脳内でゴゴゴゴと効果音が響きだす。喉がひっかかるような感覚を覚え、汗がダラダラと流れ出した。

「あら、どうかしました」

「いえ、あの……この椅子はひょっとして」

 自分の座っている椅子を指さしながら、できれば間違っていてくれと願って尋ねる。

「普段はアスモが座っていてよ」

 やっぱりかよ。大丈夫なわけ。これバレたれ魔王様に首チョンパされたりしない。

 血の気が一気に失せてゆく。体温をどこかに置き去りにしたように、自分の熱を感じられない。

「大丈夫でしてよ。アスモもそこまで非道じゃありませんもの。さて、何から話しましょうか」

「いやいや、そんなに簡単に流さないで下さいよ。あの顔を思い出してよリア。慈悲のカケラもないでしょう」

「アスモは凛々(りり)しくもかわいらしい表情をしていてよ。おしゃべりするときの仕草をよく見るとコーイチさんにもわかると思いますわ」

 いやいや、人を食う表情をしているでしょう。どこをどう見たらかわいいなんて言葉が飛び出すんですか。

 俺がアタフタしている間、チェチーリアは愉快に笑顔を咲かせていた。

「わからないって顔をしていますわね。でも長くつきあっているとコーイチさんにもわかる日がきますわ」

「いや、絶対こないって断言できるね」

「いいえ、絶対に理解できます」

 (がん)として(ゆず)ってくれない。相手は魔王、俺はゴブリン以下だぜ。その気になれば俺をワンパンできる相手をかわいく見るなんて、カエルが蛇をかわいがるほどありえないって。

「いずれ理解できますわ。だって、アスモはコーイチさんのことを既に認めていますもの」

「へっ」

 認めている。魔王が、俺を。一年以上、顔を合わせていなかったのに。

「そうでなければ、チェルと仲良くできていなくってよ。とっくに殺されていますわ」

 最後の一言で大いに納得してしまう。確かに敵とみなされていればとっくに死んでいるだろう。遠距離からの処理、余裕でした。みたいなことも魔王様ならできそうだ。

 てか、この一年ってかなり綱渡りだったのかも。やべぇ、よく生きてたな俺。なんか急に寒気を感じたぜ。

 テーブルに視線を落として、身体が震えたので自分を抱きしめる。

「怖いですか」

 弾かれたように見上げると、慈愛に満ちた表情が待っていた。

「今はすっかり打ち解けましたが、かくいうわたくしも魔王城に来た当初は恐怖で押しつぶされそうな気持でした。毎朝起きたときに、自身が無事であることに安堵する日々が懐かしいですわ」

 いやいや、うっとりした表情で思い出すようなことでもない気がするんですが。

「いえ、『来た』と言うには語弊(ごへい)がありますわね」

 楽しそうな笑みが少しだけ苦痛にゆがむ。

「……魔王に誘拐されてきたのか」 

 人間の領地がどんなのかはサッパリだけど、魔王城は女性が単身で来られるような場所じゃねぇ。あのオッサンが非道をやったってのが一番説明がつくし、自然だ。

 視線を鋭くさせ、確信を持って呟いた。魔王の所業によってチェチーリアの家族や友人がどれだけ悲しみを覚えたのだろうか。

 仮に俺の身内で例えて、もしもアクアが誘拐なんてされたりしたら……想像するだけで心臓が黒いもやに包まれるような迷走感に襲われる。実際に起こったらメンタルがどうなっちまうか。

「普通はそう思うのでしょうけど、誘拐ではありませんわ」

「違うのかぁ……えっ」

 反射的に顔を上げると、チェチーリアはどうにもムズかゆい顔をしていた。

「アスモはわたくしの王位継承権をかけた争いに巻き込まれたにすぎないんですもの」

「王位、継承……」

 なんだか(しち)めんどくさそうな単語が出てきたんですけど。リアって何者なの?


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