548 生きる覚悟と死ぬ覚悟
砂漠を抜けてから随分と過ごしやすくなったね。みんなすっかり陽に焼けちまったけど、コレで少しずつ治っていくだろうさ。
平地に出てからロンギングの精鋭達が活気よくていいね。毎日のようにアクアの訓練を受けているよ。
絞られてはメキメキと育っていく姿を見るのは気分がいい。
アクアも乗り気で応えているし、この場面だけ抜き取れば順調な旅だね。
遠くから眺めていると、後ろから足音が近付いてきたよ、ワシの隣で、ワイズが止まって特訓を眺める。
「毎日鍛錬とは、精鋭達もご苦労なこったな」
「ワイズも参加してみたらどうだい。アクアなら鈍った根性を叩き直してくれるよ」
「冗談よせって。魔法使いにゃツラすぎるぜ」
軽くいなしてるけど、結構イヤみたいだね。まっ、ワシも本気で言ってるわけじゃないからいいけどね。
「ジャスとのお話しは終わったのかい」
「まぁな。あんま長居してもジャスが居心地悪く感じちまうだろぉかんな。焦りは禁物ってな」
ジャスの気の落ちようは見ていていたたまれないからね。あんなにズタボロになっている姿は、初めて見たよ。ああなって長いからもう見慣れちまったけども。
「にしても驚いたね」
「何がだ」
「ワイズがアクアの強さに嫉妬している事にさ。案外、男気があるじゃないかい」
アクアに対する言い方は暴言的だったけど、向上心があるのはいい事だよ。ちょっと見直したよ。
「おいおい、オレが手柄なんかにこだわるわけねぇだろ。あんなのは全部建前だよ。ジャスは今、自分の為に動く事ができねぇからな。オレが動く理由になってやっただけだ。案外人ってのは、頼られると腰を上げるもんだかんな」
ワシが見直してやってたってのに、ワイズはニヤリと笑いやがったよ。してやったりって心の声が漏れ聞こえるようじゃないか。
呆れを混ぜたジト目を返してやる。
「オレは別にな、ジャスが平和に暮らせるなら弱くったってかまわねぇんだ。ただジャスの隣に立つのに、力が必要だっただけなんだよ」
「なんだい。ワイズもジャスの為に重い腰を上げた口じゃないか」
「ほっとけ。それよりよ、クミンは死ぬ覚悟あっか?」
からかってたら、急に真剣な雰囲気を醸し出してきたよ。イヤな事を訊くね。
「ないね。生きて平和を掴み取る為に、ワシは戦ってるからね」
「正論だな。オレだって生きる覚悟で戦ってるさ。けどよ、三人で魔王ヴァリーに適うと思うか」
アクア曰くフィジカルでは最弱らしいけども、タカハシ家の中でって前提がつくんだよね。どこまでアテになるかわかない挙げ句、隠し球があるような事も言っていたっけ。
「厳しいね。けどそういうシナリオを描いたんだろう、ワイズは」
問いかけにコクンと頷くワイズ。
「最悪オレ達二人を犠牲にして、ジャスの目を覚まさせる。仲間ならアクアとエリスが残ってるから、和解すれば充分に旅を続けられる」
やれやれ、溜め息が出ちまうね。
「最悪だけれど、一番可能性の高いルートだね。いいさ、ワシもジャスには立ち直ってもらいたい、というより今のジャスを見ていられないからね。きっとエフィーだって同じ事を思っていたさ」
死別してしまった仲間を思い描く。嫌みたらしくも同意してくれただろうさ。
「悪ぃな。結局オレもバカだから、こんな手段しか思い浮かばんかった」
謝りながら拳を突き出してくるワイズ。
仕方ない。ワシがケツを拭いてやるよ。そう微笑みながら、拳を伸ばしてコツンと付き合わせたよ。
ワシらは覚悟したからなジャス。いつまでも蹲ってないでくれよ。




