542 ちょっとした望み
魔王城タカハシの一角にある無骨な鍛冶場で、グラスが懸命に剣を打っているわ。時間にして昼食を食べてすぐってところね。
「シンプルなロングソードといったところかしら。けど研ぎ澄まされていてね」
「来るべき戦いの為に、俺も武器を用意しておきたいんですよ。チェル様」
視線を打っている武器に向け、作業をしながらグラスは私の話し相手になってくれる。
「グラスが扱うにしては、少々軽すぎるように見えてよ」
グラスの鍛え上げられた肉体を鑑みるに、もう少し重みのある武器の方が強みを活かせそうに感じるわ。
「一本ならそうかも知れませんが、俺が憧れているのは双剣ですからね。シェイのスタイルを見ていて触発されました」
シェイとは仲がよかったものね。グラスには持っていないセンスと、戦いに関する美を秘めていた。双剣には憧れがあるのかもしれなくてね。
「ところでだけど、ヴァリーには武器を渡したのかしら? 彼女に武器を嗜む気概があるとは思えないけれども」
子供達は何だかんだでみんな武器を使っていたのよね。ヴァリーもそうなのかと疑問を口にしてみたわ。
すると深い嘆息が返ってきた。
「大鎌でしたよ。それもかわいい装飾をふんだんにつけてと言われた、実用性が皆無の武器です」
あの娘の事だから、どう考えても見栄え重視ね。オシャレのアクセントぐらいに思っていそうだわ。
「話を変えましょうか。最近思っている事があるのだけど、グラスからみて私は魅力はあるかしら?」
グラスの鍛冶をしている手が止まり、横目で鋭く茶色い横目で見上げてきたわ。
「チェル様は充分に魅力的ですよ。特に、父さんにとっては」
あら、わかりやすすぎたかしら。少しはからかいも入っていたんだけれども。
「魅力を感じてくれているわりには、私を求めていない気がするのよね。ススキに先を越されちゃったもの。妬んでいるつもりはないのだけれど、ね」
ススキのおかげでコーイチが少し立ち直ってくれたもの。羨ましさと悔しさを感じているものの、感謝の方が大きくてよ。
「一度チェル様から甘えてみてはどうです。父さんはゾッコンですから、イチコロだと思いますよ」
「今更コーイチにわかりやすく甘え気になれないわ。昔のように隙あらばコーイチから求めてきてくれたら、受け入れられるのだけれど」
「言いにくいのですが、チェル様が脅しすぎたのだと思いますよ」
グラスは視線を戻し、再び鍛冶に専念しだしたわ。世間知らずなのに図に乗った事を抜かしていた時代のコーイチに、灸を据えてきた事自体は間違っていなかったと思うわ。今となってはやり過ぎてしまっていたようだけれども。
「父さんも変なところで意地っ張りですからね。俺としてはチェル様から歩み寄ってあげてほしいです」
「意地っ張りなところもかわいげがあって好きなんだけれどね。けど、私から下手に出るつもりもないわ。私にも、意地があるもの」
口に出して宣言すると、グラスの背中が冷えたように感じたわ。無言で語らないでほしいわね。




