541 不安の種
次に戦うのがヴァリーだって決まったから、俺は激励もかねて今日一日ヴァリーと遊び回ったぜ。
俺の子供達ももう、生き残ってるアクアを含めて五人勇者に負けちまってる。だから不安とか恐怖とか、胸の奥底に閉じ込めている不満とかを受け入れようって思ったんだ。
けどヴァリーのヤツ、敗北しなきゃいけない前提条件を完全無視して勝ちを目指してやがった。何にも我慢せず、やりたいように振る舞うつもりだ。
まいった。ヴァリーが描いてる未来は想像出来るし、結末だけ抜き取りゃ平和そのものだ。けど、そのワンシーンのためにオレ達が賭けてきた物全てが台無しになっちまう。
ぶっちゃけた話、魔王として決起した意味がなくなっちまう。ヴァリーの幸せの先には、チェルの幸せは存在しねぇはずだから。なんとしても止めないと。
とはいえ、俺がヴァリーに勝ってるところなんてひとつもねぇ。止めるには助っ人が必要だ。チェル以外の誰かが。
この内輪揉め、チェルの力は借りられねぇ。ヘタに借りると何かの因果で俺が魔王から下ろされる危険がある。チェルに魔王が移っちまったら、それこそ本末転倒だ。
晩飯を食い終わった俺は、フォーレの部屋を訪ねたぜ。まぁフォーレが家にいる日は毎日訪ねてんだけどな。
ボサボサの髪に伊達メガネ。白衣姿を普段から好んでる。
「はいおとぉ、今日の分のお薬だよぉ。残さず飲んでねぇ」
フォーレはのんびりとした口調をしながら、新鮮な緑色の液体が入ったコップを差し出した。匂いを嗅がないように息を止め、一息に飲み込む。
「うぇ。あいっ変わらず青臭くて苦ぇ」
「けど後味は悪くないでしょぉ。身体にいい物入ってるからぁ、弱ったおとぉの胃袋でも充分に受け付けられるぅ」
そうなんだよな。不思議と吐き気に襲われた事がないんだよな。
「それにおとぉ自身が元気にもなってきてるからねぇ。けどチェル様にはおとぉから甘えないとダメだよぉ」
上目遣いでニマニマ微笑む姿は、見透かされてる感じがして居心地が悪く感じちまう。
「へっ。今更泣き言なんて言えるかよ。むしろチェルから頼ってもらえるようにならねぇと、肩並べて歩けなくなっちまうだろ」
「今の弱いおとぉでも肩並べて歩けてるから問題ないんだけどなぁ。むしろ弱さは武器になるからぁ、使い所を覚えていこぉ」
おいおい、弱いところが武器なんてわけわかんねぇっての。チェルに呆れられちまったらどうすんだよ。
「それよりもフォーレに頼みてぇ事が出来たんだ」
「なんとなく察してるよぉ。ヴァリー、きな臭いもんねぇ」
先手を取られちまった俺は、頭を掻きながら溜め息を漏らすぜ。やっぱ情報ではフォーレに先回りされちまうか。
「頼みヅレぇ事だがよぉ、ヴァリーがやり過ぎねぇように監視してくれねぇか」
「ヴァリーのワガママは不安の種だもんねぇ。度が過ぎるところがあるしぃ、もしもが起こらないようにひっそりとアクア達のフォローにも回るよぉ」
「悪ぃな。血の繋がった兄弟相手に、ツラい立ち回りをさせちまって」
「アタイも覚悟の決め所だからねぇ。おとぉの体調もも大丈夫そうだしぃ、不安の種は綺麗に咲かせちゃわないとぉ」
咲く、か。
「状況の悪い方向に咲いたりしないだろぉな」
「アタイに任せてよぉ。おとぉが望む形に咲かせてみせるからぁ」
緩い笑顔が、頼もしく見えて仕方ないぜ。




