535 思ったより起死回生だった
「朝っぱらからお楽しみだったようね、コーイチ」
コーイチと一緒に外へ出ると、怖いぐらいに美しい微笑みを携えたチェルが宿の前で待ち受けていたわ。
なんでこんな所にチェルが一人でいるのよ。今一番会うのが気まずいっていうか、怖くてエンカウントしたくない相手だってのに。
タイミングがよすぎなんてもんじゃないでしょ絶対。どう考えてもあたし達の行動が知れ渡ってたわ。
何か、何か言い訳しなくっちゃ。
一歩ずつじっくりと近づいてくるチェルの圧が凄くって、言葉も出せずにアタフタするばかり。
細く美しい白い手をコーイチの頬に伸ばしながら、心情を覗き込むように赤い瞳で見つめ上げた。
対してコーイチは、顔を青くしてだらだらと汗を流している。捕食者と被食者の構図が悲しいぐらい見て取れるわ。
「いやぁ、若い女っていいよなぁ。つい我慢できずに手ぇ出しちまったぜ」
コーイチのヤツ、最悪の言い回しであたしを庇うつもりね。冗談じゃないわ。なんの覚悟もなしに襲ったわけじゃないんだからね。
「チェル。あたしがムシャクシャして犯ったわ。なんか文句ある!」
コーイチとチェルの間に身体をねじ込んで、チェルと向き合う。
チェルは驚いた表情を見せたかと思ったら、フフっと花が綻ぶように微笑んだわ。
「何よ」
「いいえ、やっぱりススキは素直でかわいくてね。よくやったわ」
「へ?」
なんかやたらスッキリした笑顔で褒められたんだけど。あたしコーイチを横取りしたのよ。そこんところ理解してます。
チェルは視線をあたしから少し上に向けて、コーイチを見た。
「朝出かける前に比べて随分と感情が戻っていてね。お楽しみがよほど楽しかったのかしら。顔色もいいし活気も感じられる。コレならフォーレが用意してくれるお昼ご飯のおかゆも食べられそうね」
おかゆ? 成人男性が好き好んで食べるメニューじゃないわよ。
コーイチのコンディションが想像以上に悪い事に驚いていると、チェルが耳元まで近寄って囁いたわ。
「ススキにはセクシーな下着をプレゼントしなければいけなくてね」
「は、なんでそんなしゃれた物をもらう必要があるのよ」
「ススキはなんの覚悟もなしに勢いでお楽しみをしたでしょう。色気のない生娘な下着もらしさがあって悪くないのだけれど、やはりソレ用の物は用意しておくに越した事ないわ」
なんとなくセクシーぽい物を頭の中で着てみるけれども、どうもシックリこない。って言うかセクシーな下着ってどんなの?
「お言葉だけど、セクシーなのはチェルの方が雰囲気出るんじゃない」
「ギャップという意味ではススキに負けるし、本気度が目に見えてわかるからコーイチが燃えてくれるわ。それに私じゃダメだったの。だから、今はススキに託すわ」
ダメだったって、チェルが? 端から見ても互いに好き合っているのに、どうしてかしら。でも今はって事は、完全に諦めたわけでもないのよね。
「おいチェル、ススキもだがよぉ。いくらヒソヒソ話されたところで、こんだけ近ければさすがに聞こえるぞ」
「あら、女性の会話に割って入るだなんてコーイチも無粋ね。聞こえないふりをするのが紳士というものよ」
「女の子同士の秘密の会話なんだから、聞き耳なんて立てないでよね」
コーイチの指摘通りに受け取るのがつまんなかったから、チェルに便乗して悪役にさせちゃった。
コーイチの情けない表情がおかしくて、チェルと顔を見合わせて笑い合ったわ。
「ススキ、遠慮せずにいつでも家に来なさい。歓迎してよ」
「しょうがないから気が向いた時に行ってあげるわ。生活に支障をきたさない程度にはね」
「それじゃあコーイチ、お昼ご飯を食べに帰るわよ」
チェルはコーイチの手を取り、ワガママに引っ張った。よろける程度で済んでるから、形だけでかなり気を遣ってるわね。
「んだな。悪ぃなチェル、迎えに来させちまってよ。それからススキ、今度の時までにちゃんと勉強しとくから、ムリはすんなよ」
「期待してあげるから、次は優しくリードしなさいよね」
色んな意味で痛いのは、これっきりにしてほしいんだから。逃げるつもりもないけどね。
帰り際に手を振るコーイチ。少し心が軽くなってるようでホっとしたわ。




