534 愛と自由の種
今日もいつも通りの平和な一日が始まる。気分が優れる晴天ね。
朝起きて、黄土色の髪をサイドテールに結んで、お母さんと一緒に朝食を作って、タカハシ家が開発した洗濯の魔道具を使って、衣類を干してからヴェルダネスの仕事斡旋所へ出かける。
丁度いい日雇いのお仕事が転がってればいいけども。
いい加減定職に就くか、恋人作って収まるところに収まれればいいんだけどねあたしも。
ちょっとした反発心から魔王コーイチと縁ができたおかげで、普通の小娘扱いされなくなっちゃったのよね。
気がついたら村のみんなからも一目置かれる存在になってた。コーイチに何かあったときのために、身軽に動けるよう取り計らってもらえる事になっちゃってるし。
そんな重責負わせるなっての。あたし自体は非力な村娘なんだから。
この前なんてズタボロなエアから、コーイチに甘えてあげて欲しいなんてわけわからないお願いをされちゃうし。
なんであたしなんだか。チェルが隣にいるんだから、あたしに夢なんて見させないでほしいわ。
ただでさえ前科持ちでチェルとは気まずい関係なんだし。
村って言うには随分大きくなったヴェルダネスを歩いていると、公園の傍を横切る事になる。不意に公園を覗いてみたら、どんよりしたコーイチが俯いてブランコで揺れていた。
日銭を稼ぎたい気分が一瞬で砕け散ったんだけど。今度はどうしたってのよ。
ってか周りで様子を伺っている村人も話しかけてやりなさいよ。コーイチの調子がよさそうな時は気軽に挨拶するくせに。
「はぁー」
溜め息を吐きながらつま先をコーイチの方へ向き直して歩き出す。
「コーイチ様に誰か近付いていったぞ」
「アレは、ススキか。よかった彼女ならコーイチ様をどうにかしてくれる」
「これで安心だわ」
小声で話している内容を必死に聞き流しながらコーイチの正面で仁王立ちする。あたしなんかの登場で安心してんじゃないわよ。
「子供の遊び場独占して魔王を気取ってるつもり、コーイチ?」
どれだけ落ち込んでるか知んないけど、初手はケンカ腰にいく。コーイチ相手にそれ以外の切り出し方がわかんないのよね。
あたしの声にピクリと反応したコーイチは、覇気のない顔を上げて呟いた。
ちょ、生きた人間の表情じゃないじゃない。黒い瞳は瞳孔が定まるまで時間がかかってるし、頬が痩けて見えちゃいけないシワがクッキリしてる。
「あ? よぉ、ススキか」
「ススキかじゃないわよバカ! あの世に片足突っ込んでる顔してるじゃないの!」
デッドが死んだあたりから痩せていっていたけど、ソレに加えて気力までドン底じゃないの。ちゃんとご飯食べてるんでしょうね。
「おいおい。泣きそうなツラして随分ヒデぇ言いようじゃねぇか。ちゃんと生きた顔してんだろ、俺?」
「タカハシ家には鏡ないの? その眼はちゃんと機能してる? 何があったのよ? 最後の質問だけ答えなさい」
反射的に浮かんだ疑問は捨て置いて、コーイチを問い詰める。
「たいしたこたぁねぇよ。シャインとエアが死んだだけだ」
ムチャクチャ重要事項じゃないの。しかも二人同時って。
「最初デッドが死んだ時はみっともなく喚き散らしちまったが、さすがに今となっちゃ慣れっこだわ。どったススキ。顔が怖ぇぞ」
全然大丈夫じゃないのに強がってるコーイチに、思わず顔が引き攣っちゃったわ。身内の死がそう簡単に慣れて堪るか。
ダメ、このまま放っておいたらコーイチが死んじゃう。チェルは何やってるのよ。こんなの、あたしの手に負えないわよ。
「おいおい、ススキが泣きそうになってどうすんだよ。ツラいなら俺が慰めてやろうか」
人の気も知んないで強がらないで……
両腕を広げ年上の余裕を見せるようにウェルカムなジェスチャーでおどけるコーイチを見て、エアの言葉が脳裏に過った。
今なのエア? もう何も考えずにぶち当たっちゃうからね。
膝をついて、ウェルカムなコーイチの胸へ頭から抱きつく。コーイチがうろたえてるけど、もう知んないんだから。
「ちょ、おいススキ」
「死んじゃヤだから! コーイチは生きててくれないと許さないんだから! チェルやあの子達がいたから我慢してたけど、もっとコーイチと一緒に色んな事したいのあたしは! だから、だからぁぁぁぁあっ!」
声を出して叫んでみたら、なんだか一緒に涙まで出てきちゃって、もう止められなくて、ちょうどいい案配に顔を隠せる場所があったから、思いっきり顔を押し付けて叫んで。
「ススキ、おい……そっか。ありがとな。俺、まだ死ねねぇ理由があんだな」
悟ったようにお礼なんて言うな! 優しく頭なんて撫でてくんな! 欲しくなっちゃうじゃないか、全部。
「あぁぁぁぁぁぁあっ!」
どうして普段通りの情けない姿で飄々としててくれなかったのよ。間抜けなコーイチをちょっとだけバカにするぐらいでよかったのに。引くのが難しくなっちゃったじゃない。
暫くして落ち着いたあたしは、本当にコーイチを大切に想ってるってわからせる為に二人っきりで宿屋へ向かったわ。
宿代は払うつもりだったけれども、コーイチの顔が利いて無料になった。
コーイチは最後まで抵抗してたけど、あたしがどれだけ想っているかを全力でわからせてやったわ。
あたしはあたしの繋がりで、コーイチの生きる気力になってやるんだから。
宿を出る時に、お楽しみでしたねなんて言われたけど気にしないんだから。もう吹っ切れたんだからね。チェルはちょっと怖いけども、吹っ切れたんだから。




