529 自由の果てへ
「ぐっ、うぅ、あぁぁっ」
痛みが酷いし、息もしづらくて苦しいし、もう身体が熱いのか冷たいのかもよくわからない。ウチ、もうすぐ死ぬのかな。
青紫に染まった腕は床に貼り付けられたように動かない。ボロボロにひん曲がった翼はもう、風を感じられない。何より胸を貫いている矢が、滴り落ちるウチの血が、命を垂れ流してしまっている。
「もう、終わっちゃうんだ。今度こそ。楽しい人生だったなぁ」
悔いなんてないと言い聞かせるように、ムリヤリ口をニコリと動かす。
母ちゃんに空を飛ぶ楽しさを教えてもらって、父ちゃんから溢れるほど優しさをもらって、チェル様はそっと見守っていてくれて、血が繋がった兄弟達を思いっきり振り回して、思い出してみると、幸せでいっぱいだった。
歪んできた視界で、エリスやアクアを眺める。なんだかツラそうな雰囲気を醸してる。勝ったんだからもっと喜べばいいのに。
「うん。楽しかった。幸せだった」
できる事ならもっと空を飛びたかったな。父ちゃんとも遊び足りないや。それにちょっと心配になってきたかも。チェル様、ウチはちゃんと役に立てたかな。
けど死んだら、全部終わっちゃう。もう、何もできなくなる。
「……やだっ。ウチ終わりたくない。もっと飛びたい。やりたい事、まだまだたくさん残ってる」
死ぬのって怖いよ。なくなりたくなんかないよ。助けて父ちゃん。ウチ、寒いよ。
いつの間にか流れていた涙がうっとうしくて、ギュっと目を閉じる。ただそれだけで、世界が暗闇の恐怖で支配される。イヤだ。
カラカラと、暗闇に何かが転がる音が響いた。
驚いて目を開けると、すぐ傍にユニコーンホーンが転がっている。
「えっ?」
「ホントに、アンタらタカハシ家は不器用で見ていられないんだよ」
視界に誰かの足が入る。視線を上げると、クミンが哀れみを瞳に宿しながら見下ろしていた。
「よかったら使うかい。シャインからワシに託されたから、どう扱うかはワシの自由さ。だから望むなら使わせてやるよ。一回ぐらい効力があるって言ってたから、期待できるよ」
残り一回の蘇生効果。ユニコーンホーンに手を伸ばせば、ウチの傷は全部なくなる。また空を飛べるし、父ちゃんを安心させてあげられる。
たくさんの希望と、未来が詰まってる。自由も。
死にたくない。生きたい。
「ありがとう、クミン。ウチ、生きたい。けどね、施されるほど惨めでもないっ!」
ウチが無力だと思って無防備に近付いてきてくれた。もう一回だけ攻撃できるチャンスが生まれた。不発した弾丸を、不器用でも起爆させてやる。
口の中に魔力を溜めて、床に向かって風圧を放つ。床が砕かれ、砂埃が吹き荒ぶ。
「なっ!」
反動で浮き上がったウチの身体。衝撃で身体中が痛むし、手段がみっともなく卑怯だ。けど、束の間の空を得た。
「ウチは、最後まで自由に生き抜くんだっ!」
ウチの真下で、衝撃に飛ばされないよう踏ん張っているクミン。腕は動かないし飛び続ける事もできない。やれるのは、落下だけ。
風をおでこに。落下に合わせて頭を振り抜く!
「黄色い……」
不意に、視界の端でキラリと何かが光った。気になって視線を向けると、エリスが矢を放っていた。
あっ……。




