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俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
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52 母親

「ここに来るのも久しぶりだな。二度と来ない予定だったんだけどな」

 魔王城で最も大きく豪華な扉の前で、俺は一人グチた。手を扉に添えてから、開けるのをためらう。

「怖いからできれば入りたくないんだけどな。けど聞かなきゃいけないこともあるし。うし、覚悟を決めるか」

 意を決して扉を押す。大きさの割に重さを感じず、スムーズに開いた。入れるほどの隙間ができたところで身体を滑り込ませる。

 だだっ広い広間に大理石の床。壁に掛けられた豪華な布。ドアから奥に向かって青い絨毯伸びている。幅は車一台が余裕で通れるほど広い。

「むっ。名乗りも告げない不届きものが入ってきたと思ったら、珍しい顔ではないか」

 そして部屋の最奥。ドッシリと玉座に待ち構えていたのは、巨大なる人外だった。魔王アスモデウスが重い声を()っする。

 人に近い体形をしているがスケールがかけ離れている。紫色の肌に、敷き詰められて膨れ上がった筋肉。鋭い牙や爪。瞳孔のない赤い瞳が鋭く光っている。

 一年ぶりぐらいか。相変わらず人間を殺すオーラが半端じゃないからチビリそうなんだけど。もうちょっとやわらかく、抑えてくれると話しやすくなるんだけど。

「いやぁ。俺もくる気なかったんだけどさ、どうしても聞きたいことができてね」

 手もみをして逃げ出したい気持ちを抑え込み、片手をあげて飄々(ひょうひょう)と尋ねる。

「ほう」

 赤い瞳がギラリと光った。なんですかその、発言のしだいによっては殺すぞみたいな睨みは。こっちはゴブリン以下のステータスしか持っていない、異世界パンピーなんですよ。

「言ってみろ。答えてやらんでもない。それに、ちょうどキサマとは話をしたいと思っていた」

 えっ、何? 俺なんか魔王様の目に留まるようなことしでかしちゃった。来なくても呼び出されていたの。気づかぬうちにクライマックスだったわけ。

 ラスボス感が漂う相手の言葉は、どうしてこうも重いものなのか。ゲームの主人公たちが立ち向かいながら、平然と会話をしていることが信じられないね。

「して、話はなんだ」

 汗をダーダー流しながら苦笑を浮かべて佇んでいたら促されてしまった。魔王様も暇ではない。早くしろと促してくる。

「あっ、あぁ。話ね」

 どうしよう。この話を持ち出しちゃってもいいのかな。かなり際どい話題のはずだから、怖いんだけど。

 部屋のあちこちに視線を飛ばしながら(ども)っていたら、フーっと深いため息が聞こえた。

「人間、ワシがそこまで恐ろしいか」

「そりゃ恐ろしいよ。あんた魔王だろ。人間の敵だろ。恐ろしくない方の理由がないぐらいだ」

 突拍子もないことを聞いてくれるなよ。

「恐ろしくない理由がない、か。クックッ」

 魔王は肩を揺らして愉快そうに笑った。牙がむき出しなのが怖いからやめてほしい。

「ではチェルはどうだ。怖いか」

「いや、そんなに。一年おんなじ部屋で暮らしてるからな。かわいいし、殺されるならある意味で本望だぜ」

 不思議と怯えがなくなった。おどけて見せるほどの余裕さえ戻ってきた。

「望まぬ魔族と身体を結び、子供まで作らされてなお恐怖はないのか」

「別に。子供たちはかわいいし、魔族の方々も話せばそれなりにわかり合えるからな」

 一部、例外もいるけれども。

 脳内で白馬が俺のことを罵った。

「チェルは自身の配下にするため、実験的に人間と魔族との子供を作り出したのだぞ。身勝手だとは思わんのか」

「いいんじゃね、別に。身勝手でも。そもそも俺に選択肢なんてなかっただけなんだし、今更どうこう言うつもりはないね」

 まぁ、子供たちの人生を勝手に決めるのだけは、勘弁願いたいけどな。あとでチェルに相談しないといけないな。

「ふむ。だがチェルはワシに次ぐ力を持っているぞ。チェルが魔王になったとき、キサマはまだ同じことが言えるか」

 この魔王のやりとりはなんだろう。嫁にやる親が新郎を試しているような感じだ。

「チェルはチェルだろ。立場が変わろうが、気持ちは変わらんぜ。なんせ俺は転生者だからな。イッコクの常識なんて知ったこっちゃねぇよ」

 俺が断言すると、クックッと笑う。何がおかしかったか知らないが、ちょうどいい。便乗してしまおう。

「それと、聞きたかったことだけどよぉ」

「なんだ」

 チラリと見ると、魔王は胸を張って待ち構えていた。どこからでも来いという気概が感じ取れる。

 覚悟はいいか、俺はできたぜ。

 とある少年漫画のセリフに勇気をもらってから、俺は切り出した。

「チェルの母親って、人間だろ」

「ほぉ。おもしろい仮説だ。なぜそう思う」

 魔王はあごをさすりながら、堂々と聞き返す。

 動揺の一つもしていないタフさ。さすがは魔王ってところかな。もうちょっと何か起こるんじゃないかってビクビクだったんだけど、拍子抜けかな。

「簡単だ。チェルは人間に近すぎる。魔族としては異常だ」

 気づいたのはつい最近だけどな。シャインに指摘されるまで、なんとも思わなかったし。

「ワシも、人には近いと思うのだが」

「人間離れした肌の色と筋肉を見てから言えよ。構造自体は似てるけど、それでも人には遠く及ばないぜ。対してチェルは、女性そのものだ。二つの角さえ隠せば、人間かわからんくなるぞ」

 求婚してもいいぐらいの外見だ。速攻で断られるだろうけども。

「ついでに言うと、俺の子供たちを作った最大の理由はここなんだろ。チェルと同じ、人間と魔族のハーフを作りたかった。自分と同じ境遇の誰かが欲しかった、ってとこだろ」

「強い配下が欲しいと言ったのが、ウソだったと」

「それも本音だろうけど、望みとしては三割ってとこだろ。子供が強く育つなんて確証がないし、そもそも孕むかすら見当がつかないからな」

 だいぶ昔にチェルが言っていた。一人でも子供ができれば上出来。八人もいて育てるのに失敗したら目も当てられない。

 あれは一人でいいから、自分と同じ存在が欲しかったってことだろ。強さは二の次だから、弱く育ってもいいぐらいに思っていた。

 見上げると、魔王はあごを手でさすったまま首を傾げていた。深く、考えに耽っている。空気が重々しく、息をするのもためらってしまう。

「チェルが、話したわけでもないのだろう。その口ぶりからして」

「あぁ。どうにか一人で辿り着いた」

 子供たちにいっぱい手助けをしてもらったけどな。

 してやったりと笑ってやると、怖い笑みが返ってきた。ちょっと、魔王と笑い合うなんて怖くて笑えないんだけど。

「そうか。ならば、チェルの母親に会ってみるか」

 チェルの母親かぁ。どんな人だろ。気になるなぁ。

「って、え? 母親、まだ生きてんの」

「意外か。これでもたった一人の妻、ということになるからな。魔王城が故におおっぴらに歩き回らせることはできん。が、確かにこの城で生活しているぞ」

 マジか。魔王っていうぐらいだから、テキトーにそこら辺にいる女でもさらってきて、気分を落ち着かせてから処理したもんだとばかり思っていた。

「いんの。この魔王城に」

 一つ屋根の下に暮らしていたの。

「あぁ、いる。さすがに謁見の間まで呼ぶことはできないがな。ワシもチェルもよく会話をしに向かっているぞ」

 魔王の表情が穏やかになる。やめろよ、そんなゴツイ顔でやさしいおじちゃんになるのは。ギャップが激しすぎて気持ちがわけわかんなくなるだろ。

 ていうか、ひょっとしてかなりの愛妻家だったりするの。聞くのは、やめておこう。

「マジかよ」

「マジだ。場所を教えるから、話してみてはどうだ」

 俺は二つ返事でチェルの母親の居場所を聞いた。

 まだ何を話していいかわからないけど、興味の向くままに俺はまだ見ぬ母親のもとへ向かうのだった。


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