527 消えゆく光
大空への塔で戦り合った時は機会がなかったけど、アクアとエリスってコンビにするとムチャクチャ厄介だね。
エリスはアクアを信頼してノビノビと戦ってるし、アクアもフォローっていうか的確な合いの手を入れてくるから反撃の隙がない。
最初こそ持ち込んだ弾丸を使って防御できてたけど、弾数が少なくなるにつれ攻撃を掠めるようになった。
両腕の包帯なんかも切れちゃってユラユラぶら下がってる。青紫に変色してる肌もお披露目しちゃってる始末だし。
けどけど、不利ながら思いっきり粘ってるんだよ。包帯を風で操って矢や槍を絡め取ったり、広間に立ってる石柱を頭突きで粉砕して、瓦礫の塊を風で飛ばして反撃もしてたんだから。
エリスからデタラメとか大声で文句言われてた気がしたけど、聞いてる余裕なんてこれっぽっちもないんだよね。
とにかく必死に立ち回ってたんところで、キーンって甲高い音が耳に届いたよ。
飛来する矢を、腕を振って包帯で絡め取りながらシャインの戦況を確認する。
カラカラと音を立てて床を転がるユニコーンホーン。額の一角を失いながらシャインが、大剣を振り抜いた反動でしゃがみ込んでいるクミンの頭を撫でていた。
「シャイン。そっか、死んじゃうんだね」
「えっ!」
ウチの呟きを拾ったアクアとエリスは、揃った驚きの声を上げながらシャインに注目する。
「なんのつもりだいシャイン。ワシを撫でる余裕があるなら殴りつけるなり握り潰すなりできるだろう」
「ミーを見事に打ち破った称賛だよ。君の勝ちだ」
「くだらない事言ってないで力を入れな。ワシはお情けで勝つつもりは毛頭ないよ」
穏やかに微笑むシャインに、クミンが指の隙間から睨みあげる。
「もう力が入らないのだよ。少し気を抜くと、倒れて起き上がれなくなるだろうね」
「って事は、あの一角がシャインの弱点だったんだね」
クミンは床に転がる一角へ視線を移しながら、無警戒に立ち上がる。
「よくよく考えたら丸わかりな弱点じゃないかい。ユニコーンにとって一角は生命の源、切り離したら絶命するのが道理だね」
へぇ。クミンってば弱点の存在には勘付いてたんだ。シャインを下したのも案外、偶然じゃないのかも。
「え、この程度でシャイン死ぬの? なんかすぐに傷を治して立ち上がりそうなんだけど」
アクアはただ信じられない、っていうかあり得ないとばかりに予測を立てる。悲しみの色なんてまったく滲ませていない。
「この際だからバラしてしまうと、ミーは別に不死身というわけでも打たれ強いわけでもないのだよ」
「は?」
微笑を浮かべながら説明するシャインに、クミンが呆けた声を上げた。アクアとエリスに至っては疑いのジト目を返す始末。信頼されてないなぁ。
「実際には死んでいたのさ、何度もね。そしてミーのユニコーンホーンによる強制自動蘇生によって、何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も! 蘇っていたのが不死身に見えた正体さ」
「死に際にシ○マ隊長のネタをぶっ込むなんて、意外と余裕あるよね」
「エアは気付いていてミーを殺していたのだろう。少しは弟に加減をして欲しかったのだがね」
「弟を尻に敷くのは姉ちゃんの特権だと思うな」
見上げながら困った表情をするシャインへ、満面の笑みで見下ろしたよ。
「改めて聞いてみると、ムチャクチャだねシャインは」
「そのムチャクチャもおしまいさ。ユニコーンホーンがミーにくっついていたから起こっていた事象、離れれば道理から外れる」
シャインは膝をつき、勢いのままに床へ倒れ込む。
「シャイン、ホントに力が入ってないのかい」
「当然だ。今のミーは穴が空いた容器のような物。中に入っている生命を留めてはおけない。寧ろ余生が残っている事が奇跡ないくらいさ」
余生って言うには短すぎると思うけどね。
「ひとつ聞くけど、シャインは自身以外を蘇らせる事はできるのかい?」
「造作もない。まぁ、蘇らせた他人はオヤジぐらいだけどね」
「ちょっと待ってシャイン。お父さんを蘇らせたって何!」
突然のカミングアウトにアクアが声を荒げた。たぶんウチの兄弟ならアクアじゃなくても同じ反応してるだろうね。
「デッドの毒と、ススキのナイフさ。正直、エアに促されなければ天命を全うさせるつもりだったんだけどね」
「あんなタイミングで父ちゃんを失うわけにはいかなかったでしょ。なんだかシャインにも矜持があったみたいだけど、父ちゃんは別だもん」
何を理由に父ちゃんを見捨てるつもりだったかは知らないけど、抗わさせてもらったよ。
アクアは驚愕の事実を知ったとばかりに、開いた口を両手で押さえて震えちゃった。
「考えてもみたまえ。死者を蘇らせるなんて、摂理に反しすぎている。ひとりでも蘇らせたら、どこにシワ寄せがいくかわかったものではない。おいそれとは使えないよ」
「以外とまともな理由だったんだね」
「まぁ、自動で復活してしまうミーは対象から除かせてもらったがね。オヤジは特例だ」
微笑みを絶やさないシャインだけど、だんだんと瞳から光が消えてきてる。
「あぁ、そうそう。クミンが着ていた服だが、愛の巣から脱出しているレディ達に預けてあるよ。行き先はクミンも聞いているはずだ。ハスナに言えば返してくれるだろう」
「それまでこのヒラヒラした服を着なきゃなんないのかい。仕方ないから我慢してやるよ」
嫌々に承諾するクミンの表情は、あんまり嫌悪感に溢れていなかった。
「ソレと近くに転がっているミーのユニコーンホーンだが、戦利品として持っていくがいい。もしかしたら一回ぐらい効力を発揮してくれるかもしれなからね」
「そうだね、気持ち程度にはアテにしてやるさ」
どこまでも上から目線のクミンに、シャインは満足げに微笑んだ。
「シャインは男嫌いだけどさ、一番嫌いな男は自分自身だったんじゃないのかい?」
不意に問うクミンに、シャインはいったん目を見開いてから笑みを戻す。
「ご名答。よく気付いたね」
「なんとなくさ。だからって、どうこう言うつもりもないよ」
「そうかい。あぁ、一度くらい、レディを抱いてみたかったなぁ……」
そう呟きながら、シャインは目を閉じて動かなくなった。
「無責任に童貞を捨てるつもりもなかったクセに、締まらない事を言い残しながら逝くんじゃないよ。まったく、タカハシ家はどいつもこいつも生き方が不器用でイヤになるね」




