523 豹変の光
「おいジャス。ヘタレてんじゃねぇぞ。まだ戦いは終わっちゃいねぇ」
神経を動かそうとした瞬間、抗いがたい痛みが走る。動くに動けねぇ。早く態勢を整えてジャスを叩き起こさなきゃならねぇってのに。
起き上がろうと必死になっている間に、シャインがパカパカと足音を立てながらジャスの近くまで歩み寄っていた。
「あっ」
「コレが勇者の末路か。所詮は肥大しただけの象徴。男という時点で見下げ果てたクズと変わらん」
見下すシャインに対して、ジャスは身動きひとつすらとらない。ただ呆然と現実を拒絶し続けている。
「おいバカ、ジャス。戻ってこい。逃げろっ!」
早く現実逃避から帰ってきやがれ。なんの抵抗もせずに殺されるつもりか。
必死に呼びかけてもジャスは無反応だ。
シャインの白い前足が上がり、ジャスの顔の上で止まる。
「消えろ」
「させっかぁ!」
ジャスの頭を踏み砕こうとしてたシャインへ、とっさに手のひらを伸ばして火炎魔法を飛ばす。
シャインはフンと鼻を鳴らしながら、腕で無造作にかき消した。
「おらどうした。テメェの相手はこっちだぜ」
地を這いながらも腕を伸ばして火炎魔法を連打する。
二発目から防御すらしなくなったシャイン。無抵抗に身体で受けながら、怯む事なくオレの方へと近付いてくる。
呆けたジャスから興味を剥がす事に成功したはいいけど、笑えるほど絶体絶命だぜ。オレの魔法が全然効いてやがらねぇ。
途中からかなり火力あげてるってのによぉ。どんだけ固ぇんだ。
「バカのひとつ覚えのように火をつける。ミーの柔肌が焼けてしまったらどうしてくれる。全レディに対する損失だ」
冷てぇ目つきで見下してくれんじゃねぇか。オレを生き物と思ってねぇな。
なぁジャス。少ししか時間稼ぎできねぇかもしんねぇけどよぉ、その僅かな時間で復帰しやがれよ。オレは命懸けなんだかんなぁ。
ひたすら連打する。着弾音が徐々に近付いてくる。撃つだけムダかもしんねぇけど、それでも撃つ。
「なっちゃいないねえワイズ。冷静なアンタなら炎以外の属性も組み合わせてるだろうに」
「なっ!」
「おや?」
真横から降りてきた言葉に驚き、攻撃をやめて見上げる。布みたいなドレスを着たクミンが、オレの傍に立っていたぜ。右手には大剣を提げてやがる。
「昨今の男共は情けないねえ。まっ、仕方ないからワシが尻拭いしてやるよ」
「ははっ。似合わねぇドレス着やがって。かわいいじゃねぇか」
「ほざいてな」
ちぃせぇクセして頼りになる言葉だ事で。懐かしく感じる声色は聞いてて泣けてくらぁ。這いつくばって見上げてるせいか一段とデカく見えっぜ。
「ところでさっき踊ってなかったか?」
「暫く愛の巣で暮らす内に、ここ女達と仲良くなってね。気休め程度にダンスを教えてもらったのさ」
自信満々に言ってくれる。趣味が増えたようでなによりだ。
「近くいた子供の方が上手に踊れてたけどな」
「うっさいねぇ。目敏く見つけんじゃないよ。助けるのやめちまうよ」
仕方ねぇだろ。褐色の肌の群れに一人だけ白い肌があったんだからよぉ。
「情けない男を見捨てたりしたら、化けて出ちまうぞぉ」
冗談交じりに恨み言を放つ。このままだったらオレが殺されるほどシャインは強いから、ヘタに手を出すと命が危険だぞと暗に意を込めながら。
「怖いねえ。取り憑かれないように、ここで救わなきゃいけないじゃないかい。って事で魔王シャイン、次はワシが相手だよ」
クミンは引く気はないとばかりに俺の前に出て、大剣をシャインへと向けたぜ。
「割り込みとは感心しないね。だがクミンが相手ならば願ってもないよ。どれ、ミーが直々に愛の手解きをしてあげよう」
オレ達を相手していた時とは打って変わって、シャインは甘い吐息を漏らしながらデレデレのだらしない表情で両腕を広げた。
「ふざけて事抜かすんじゃないよ。ンでもっていい加減、ワシの服返しな。戦いづらくてありゃしない」
「その要望には応えかねないね。せっかく天女を見紛うような神々しい衣装に身を包んでいるんだ。束の間の美に浸かってしまいたまえ。あぁ、元着ていた衣服はミーに勝ったら返してあげるよ」
こっから決戦だってのに、温度差のありすぎる対峙のせいで緊張しきれねぇぜ。ってか、なんで捕まったはずのクミンは大剣を持ってんだろうな。




