515 突如湧いてきたバカ
「ところでさっきから思ってたんだけど、なんでシャインを名前で呼んであげないの?」
首を傾げるエアに、ワシとハスナはついつい視線を泳がせちまったよ。
「あー、なんって言うかねえ。あのバカを名前で呼んだら」
「どこからか湧いて出てきそうで怖いんだよ」
あのバカもそこまで暇じゃないとは思うんだけどね。噂をすれば影を地で実行しそうだから本能で避けちまってたんだよな。
「ははっ、否定できないところが恐ろしいよ。ある意味信頼されてるね」
シャインの女限定に限った神出鬼没さには、エアも乾いた笑いを浮かべるほどかい。
「かわいそうなのか自業自得なのか。けど思ったより受け入れられてたから驚いたんだよね」
エアは大部屋で活発に活動している女達を眺めながら、微笑んだよ。あんなでも兄弟なりに思うところもあるんだろうね。
「それで、ワシの事はどうするつもりだい」
エアに剣先を向けながら尋ねる。今ここで戦うのか、否かを。
「おもしろそうな提案を向けてきてくれるね。楽しみたい気持ちもあるけど、おっと」
楽しそうに歩み寄ってくるエアだったけど、ハスナがシミターを振り回した事に気付いて軽く避けた。って何やってんだいハスナ。
「今の不意打ちを避けるかい。あのバカとタメ張れるってのはホントの事、うおっと」
向こう見ずな行動にヒヤリとしながら、喋ってる途中のハスナを抱えてエアと距離をとったよ。
「何すんだいクミン!」
「こっちのセリフだよ。死にたいのかい!」
タカハシ家は普段ふざけてた行動が多いけど、その気になったら人なんて簡単に蹂躙すんだからね。
エアが戦闘態勢に入ってしまった事も視野におきながら、腰を落として睨み付ける。
「筋もいいし躊躇いもなかった。遊びたい気分になっちゃいそう」
エアの口が弧を描くだけでとんでもない圧力を感じさせてくれるよ。空気が重くて仕方ないね。
「けどウチが好き勝手するわけにもいかないんだよね。愛の巣はシャインの管轄だし。お楽しみは本番までとっておくよ。それまでは仲良くしよ」
エアは立ち込めるプレッシャを沈めると、包帯が巻かれた手を差し出してきた。
ワシもハスナを床に下ろして、警戒しながら握手に応じたよ。
ガッツリと交される手。にもかかわらず握る力がソフトだね。完全に無警戒って事かい。
「いやあ、素晴らしいレディ達の友情だね、へぶっ」
ワシとエアの握手を取り持つように、突如湧いてきたシャインのボディを反射的に殴っちまったよ。
よく見ると背中にはシミターが刺さっているし、顔にはエアのつま先が刺さっていたね。
なんの打ち合わせもないピッタリな連携を食らい、床に沈んだバカ。
ワシらは暫く、倒れ伏してピクピクしているバカの事を眺めたね。
「たまにこういう事がよく起きるけど、平和に過ごしていこう。勇者一行が到着するまではね」
愛の巣で過ごす日常に不穏なバカを感じながらも、エアの言葉に頷いたよ。
ワイズ、早いとこみんなを愛の巣までつれてきとくれよ。




