514 線引き
「ポジティブだねえ。きっと女だけでも生きていけるよ」
「易々と言ってくれるじゃないかい。死ぬ気も死なす気もないけどね」
ケンカ腰に睨み合った後、二人して笑みがこぼれる。気の合うヤツとの会話は楽しいねえ。
「今気付いたんだけどね、クミンはひとつ勘違いしてるよ」
急に変な事を言い出してくれるじゃないか。どこに間違いがあったんだい。
「愛の巣にいる男は、あのバカ一人じゃないのさ」
ハスナがしたり顔で放った爆弾発言は、見事にワシの思考を吹っ飛ばしたよ。
「マジかい。あのバカがこの空間に他の男の存在を許すとは思えないんだけど」
「居るんだよ、少しだけ。愛の巣で産まれた赤子の中にね」
盲点だったね。その可能性が残されていたかい。いくら女好きのバカとは言え、赤子まで憎いわけじゃ、いや待て。
「愛の巣にいるのは産まれた赤子だけかい? 赤子だった男の子とは引き離されたのかい」
「察しがいいね。あのバカが許しているのは、愛の巣で産まれた赤子だけだよ」
攫う時にいた赤子とは離ればなれにし、妊婦だった女が産んだ赤子は許されていると。つまり子供好きって線は消えたね。いったい何で線引きされてるんだか。
「楽しそうなお話ししてるね。ウチも混ぜてくれないかな」
頭を悩ませていると、聞いた事のある明るい声が聞こえてきたよ。ハッと視線を向けると、黄色い少女が歩み寄ってきていたね。
なっ。そうか、コイツも居るんだったね。
「なんだい嬢ちゃん。見ない顔だね、新しく連れてこられた娘かい?」
ハスナは気前のよさそうな笑顔を作ると、膝に手を当てながら前屈みになって、視線を合わせながら黄色い少女に尋ねたよ。
「魔王、エア」
緊張感を高めながら最大限の警戒をする。呆けながら振り向くハスナの向こうに、不敵の笑みを浮かべたエアが立ってるよ。
「久しぶりだねクミン。お洋服かわいいよ」
「ワシの趣味じゃないから元着ていた服を返して欲しいんだけどね。そういうエアは痛々しい腕をしてるじゃないかい」
「この前の戦いは激しかったからね。無傷じゃ済まなかったよ」
視線を合わせながら身構える。最悪一戦交えるかもしれないね。
「なんだいクミン。この娘と知り合いなのかい」
「さっきワシが言ってたタカハシ家だよ。あのバカの妹だね」
ワシが説明すると、ハスナは目を見開いてエアを眺めたよ。エアは片眉を下げて微妙そうな表情をしてるね。
「コイツがあのバカの妹だって。全然似てないじゃないかい。こんな小娘があのバカと同等の強さだってのかい」
思わず声を上げてしまったハスナに、エアは満更でもない笑みを浮かべたよ。
「ちょっと訂正があるかな。確かにウチはタカハシ家で、シャインとはタメを張れるよ。けどウチの方が姉ちゃんだから覚えといてね」
姉? ドワーフのワシと同程度の身長で子供特有の細さをしているエアが、長身でガタイのいいバカよりも先に生まれている?
驚愕の事実に声が出せないよ。冗談だって言われた方が納得できるぐらいだ。
「信じてないよね。ウチは第三子次女で、シャインは第五子次男なんだから。っていっても、腹違いの兄弟で、数日の誤差で生まれてるんだけどね」
どこか諦めたような微笑みを浮かべながら、タカハシ家の事情を教えてくれたよ。




