512 思い出にバカを添えて
「あたいは妹と一緒に置いていかれちまったよ。今にして思えば、あたい達は女だから連れていかれなかったのかもしれないね。やつらには価値がないのだから」
ハスナの口は苦々しく歪んでいたよ。
「妹がいるのかい」
「もういないよ。女の子が二人が生きていけるほどデザート・ヴェーは甘くなかったのさ。栄養失調、餓死さ」
もう吹っ切れたと装うような笑いが、妙に乾いていてゾクりとしたものを感じさせる。
盗賊のカシラになるには充分な憎悪だね。砂漠社会の理不尽をとことん味わわされてるのだから。
「もうクミンも想像ついてるだろうけど、そこから盗賊への道が始まるわけだ。が、ちょっと余談があってね」
ハスナは壁に背中をつけながら、難問クイズを出すように笑みを浮かべる。
「妹が死んじまうほんの少し前に出会ってるんだよ。子供の頃のあのバカに」
「は?」
あのバカっていうのは、魔王シャインの事かい。なんでそんな昔の回想にそのバカが出現するのさ。
「最初見た時は、砂漠では見かけない裕福そうなカモがいると思ってスリを仕掛けたんだよ。けど何も持ってなくて空振りだったわけさ」
「それは運がよかったね。一歩間違えばその時点で返り討ちにされてたよ」
「かもね。女好きだったから見逃されたんだろうよ。けどそんな事気付く余地もなかったさ。餓死寸前の妹に食べ物を持っていけなくなったからね。逆恨みしながら妹の元へ戻ったさ。そしたらあのバカにつけられてた」
ストーカー。何一つノイズなく想像出来るのが恐ろしいよ。
「あのバカは何も助けてくれなかったよ。その代わり定義を寄越したね。一時的に助ける事は出来るけど、根本的には救えないって。先のない一時凌ぎは死ぬまでの苦しい期間をいたずらに延ばすだけだと。そしてバカとあたいの目の前で、妹は息を引き取ったさ」
大切な回想に余計な異物が混ざってる感覚がどうしても拭えないのはなぜなんだろうか。
「結局バカはそれっきり姿を消したよ。そしてあたいは生きる事と奪う事、そして奪われない事に必死だったね。男に負けないほどの力と凶暴さを身につけて、気がつけば女達の盗賊カシラになっちまってたさ」
そうまで覚悟を決めなければ、生きてこれなかったんだろう。
「褒められた生き方じゃないね。けど誇れる生き方ではありそうだよ」
「クミンは話がわかるね。だけどそんな誇れる盗賊カシラも、バカが女性を片っ端から攫いだした時に終わっちまったよ。遭遇した時は驚いたし、向こうもあたいを覚えていたよ」
「そりゃまあ、ご愁傷様な事で」
オチとしてはわかりやすいけれど、もうちょっとマシな幕切れもあったんじゃないかい。
「いくら殺しても死なないし、気持ち悪い事ばかり宣うしで最初は気が狂いそうだったさ。今でも受け入れられない部分は多々あるけれど、拘りだけは受け入れられたよ」
拘りねえ。意外と志は崇高じゃないかい。ふざけているくせに強いはずだよ。
手に持つ大剣に、無意識に力が籠もっちまったね。




