510 女達の楽園
大剣を手にワシは、ベッドから降りる。
「それで、お目付役のハスナはワシに何をしてくれるんだい?」
問いに対してハスナは、シミターを持ちながら立ち上がったよ。赤茶のつり目が挑戦的な輝きを秘めたね。
「言ってくれれば大抵の事はしてやるよ。愛の巣の案内でもいいし、バカと話があるならつれて行ってもいい」
「至れり尽くせりじゃないかい。問い詰めたい事もある。けど今じゃなくてもいいね。行かずとも呼んだら来そうなところが怖いよ」
「あー、確かに呼んだら湧き出てくるかもな」
ハスナは遠くを見ながら気のない同意をしてくれたよ。やっぱり後回しでいいね。
「まっ、バカはさておき、お望みだったらあたいがお相手してやってもいいよ」
シミターの角度を変え、刀身を光らせながら挑発してきた。
「元盗賊のカシラ程度で、ワシにケンカ売ってんじゃないよ。慣れない服装とはいえ、正面切ったタイマンに負けるつもりはないね」
気怠げな溜め息を吐きながら大剣を振り下ろし、ハスナの肩口手前で寸止めした。
勝ち気な瞳をまん丸にして驚いてるね。ワシの攻撃に目が追いついていない証拠だよ。
「ワシがその気だったら死んでたね。それとも本気でやるかい」
乾いた笑いが返ってきた。戦意は失せたようだね。
「やめやめ。クミンが本気になったらあたしなんて一瞬で斬られちまうね」
「聞き分けがよくて助かるよ。それじゃ、愛の巣の案内でもしてもらおうかい」
囚われの身でただ助けを待つなんて性に合わないよ。ワシは鳥かごで布団に包まれていた男とは違うんだ。
それに、城の構造を知れば何か思いつくかもしれないからね。
肩口で止めていた大剣を戻すと、ハスナは安堵と共に硬直を解いたよ。
「ふぅ。オーケー。案内しよう。ついてきな」
不敵な笑みを浮かべて先行するハスナの背を眺めながら、ついて行く。しかし細い背中をしてるじゃないかい。ワイズのバカも好みそうだよ。
廊下に出てから様々な女性とすれ違った。年齢幅が広く、大人から子供までいるね。しかもみんななぜかいい表情をしてるじゃないかい。どうなってんだい。
案内されるままに大部屋を覗いては次の部屋へ行く。どの部屋でも女性達が活気に満ちた活動をしていたよ。
厨房では女性達が料理をしていたし、訓練場では女性達が余念なく鍛えていた。講堂のような場所では女性達が必死に勉強をしていたし、他にも様々な仕事や趣味を全力で取り組んでいる女性の姿がそこら中で見えたよ。
「なぁハスナ。ワシの記憶違いでなければ愛の巣の女性達はみんな、バカに攫われてきた事になってるんだけど、間違ってるかい?」
「いや、クミンの記憶通りさ。すれ違った女どもは全員攫われて愛の巣にいる」
「活発すぎやしないかい。自由に動き回っているのも疑問だけれど、それ以上にみんな輝いて生活しているように見えるんだよね」
悲観している女性が一人もいないっておかしくないかい。むりやり攫われているはずだろう。
「あぁ、簡単な話さ。元の暮らしが愛の巣の暮らしより遙かに酷かったんだよ。デザート・ヴェーは貧富の格差が酷いし、それ以上に男尊女卑の差別も酷いんだよ」
振り返りながら説明するハスナの瞳には、ほの暗い炎が宿っていたよ。




