4 イカツイお父様
ダンスホールが如く広大な広場。白く反射する大理石の床に、壁に掛けられた荘厳な布。青色の絨毯はドアから部屋の奥にある豪華な椅子へと延びている。
魔王のお城の、謁見の間である。ゴールがあればバスケットもできるほど広い。
俺はチェルに連れられて、謁見の間のど真ん中でうつむいていた。
うわぁ、いる。禍々しい威圧感をすごく放っている。気配なんて読めない俺なのにしっかりと感じるよ。怖くて顔を上げらたくないんだけど。でも気になるんだよな。怖いもの見たさってやつか。
じっくりと視線を上げると、太くゴツイ足が二つ床についていた。紫色で肉食獣のような爪が鋭い。ゆったりとしたローブが丸太のように太い身体を包んでいる。なかにどれほどの筋肉が隠れていることやら想像もつかない。魔王と呼ばれるほどだ、人間の想像通りとはいかないのかも。しいてたとえるなら、筋肉操作するグラサンの弟とか。
艶やかな肘かけにたくましい腕がドッシリと預けている。長く豪華なマントに無駄に金ピカで豪華な肩パット。そして顔は、阿修羅のように厳つかった。紫色の肌に相まって鋭い牙が伸びているものだからもぉ、人間を平気で食っているように見える。てか、食っているよね。
カブトも豪華で、どっかの世紀末の覇王のように見える。きっと拳圧だけで衝撃波を放てるね。ところで左右に生えている角のようなものは飾りなのか本物なのか……チェルと同じ場所に生えているから、たぶん本物だろうな。
「で、チェルよ。そこの人間を飼いならそうというのか」
低くて身体に響く声で、俺の右前にいるチェルに問いかけた。
「えぇ。いろいろ実験したいこともありますし、お願いしますわ」
「だが、そこの人間が脱走したらどうする。魔族側の機密が人間に漏れることになるぞ」
魔王様はキッと、俺を睨みつけた。ちょっとやめてくださいよ。一睨みでおしっこ漏れそうになったんですけど。ははっ。
「問題ないわ。コーイチはイッコクの人間ではないもの」
魔王はあごに手を持ってきて、ほぉと感心する。
「召喚者か転移者か定かではないが、転生者ではないようだ」
転生者じゃないってなんで。顔を見てわかるもんなの?
「帰る場所がないって言っていたから間違いないわ。転生だったら親がいるもの」
あぁ、そういうことか。知っている限り例外も多そうだけど、俺が気にすることじゃないよな。
「帰る場所がないのは心強い。だが逃げ出されては堪らん。そこの人間は知りすぎた。憂いを断つには、今ここで息の根を止めるべきだ」
ひえぇ。目が光った。絶対に光ったよ。気のせいじゃなく、こうロボットが起動したときのように赤くビィンって感じに。
「お父様。ここは屈指の魔物や魔族が住まう魔王城。対してコーイチはゴブリン一体すら狩れないほどのひ弱。それも丸腰。生きての脱出など不可能だわ」
チェルがニヤリと、自信を込めた笑みで魔王様を見上げた。さすがに下に見られすぎな気がするけれど、命が惜しいし弱いから何も言えない。
魔王様はふむ、と俺を見下しながらじっくりと考え込む。ねぇ、やめて。視線だけで押しつぶされる気がするから。マジで。
俺は頭をかきながら、ひきつった愛想笑いを向けた。
「確かにゴブリン以下だな。よかろう。チェルの好きにするがよい」
「ありがとうお父様。愛しているわ」
チェルの声は慈愛に満ちていて、距離が近かったなら抱き着いて喜んでいるかもしれなかった。
「さて、これから楽しみだわ。ふふっ。ではお父様、失礼しますわ。行くわよコーイチ」
オモチャで遊んでいいと言われた子供のような笑顔でチェルは俺を見た。待って、文字通り俺、オモチャ扱いされそうなんだけど。
今更ながら背筋が寒くなった。
「えっと、お手柔らかにお願いします」
「ふふっ」
「ちょっと、暗い笑いで返さないでよ。どうなるのねぇ、ねぇ!」
答えを返してもらえないまま、チェルに連れていかれたのだった。