498 風の想いを
爽やかな風が吹く昼下がり。ウチはヴェルダネスにある公園へと一人で赴いていた。
昼休憩にベンチで休んでいる人がポツポツといるくらいで、とても静か。子供が遊んでなくてよかったよ。
お尻のポケットからカードを取り出して、バラバラと落とす。一枚一枚を風に乗せ、回転させながら宙へと浮かせる。
二割ぐらいは風に乗せられずに地面に落ちちゃった。要練習だね。今日一日使って調整しなくっちゃ。
明日からはシャインと一緒にデザート・ヴェーへ出発するからね。
風圧を上げてトランプの回転数を上げる。上出来かな。攻撃するに至っては不足なさそう。
虚空にアクアの姿を想像して、放ってみる。パターンは大きく分けて二種類。まっすぐ突き刺すのと、ブーメランのように切り裂いて戻すやつ。
描いた軌道を、狙った場所へカードが突き刺さるのを見て頷いた。
手応えはある。突き刺さったのはそのまま使い捨てるけど、ブーメランしたのは再利用できそう。
問題は、防御がどうしても手薄になる事かな。中遠距離をキープしながら、機動力でカバーするぐらいしか出来ないのがツラそう。
いっその事、指で挟んで直接投げれたらよかったんだけど、ウチの腕はもう器用にも動いてくれないんだよね。
ダラリと垂れ下がっている包帯が巻かれた両腕が寂しい。
「エア?」
声をかけられて振り向くと、眼をまん丸くしたススキが呆然と立っていた。
あちゃー。そういえばこの前別れの挨拶しちゃってたっけ。ちょっと気まずいや。けどありがたいかも。
「やっほ。また会ったねススキ元気してた」
「あたしは元気だけど、エアはどうなのよ。その腕は」
「勇者の力が強いのなんの。腕に力殆ど入らなくなっちゃった。ご飯も普通に食べれないくらい。けどどうにか生きてるよ」
おどけながら何事もないように笑顔を作る。だからそんな悲愴な顔をしないでほしい。
「重症じゃないの。それで、何をやってるわけ?」
「次勇者と戦う為の準備だね。付け焼き刃でも攻撃手段を確保しとかなくっちゃ、バカにされちゃうもん」
ギリっと奥歯を噛む音が聞こえる。女の子がそんな怖い顔しちゃダメだよ。
「コーイチはどうするのよ」
「おいてく。こんな状態になっても、父ちゃんは背中を押してくれたから。だからウチ、もう一回だけ飛んでみる」
青空を見上げながら飛ぶ姿を馳せる。たぶん次がラストフライト。
「身勝手なのよ! エアもコーイチも! どう見たって羽の休め時じゃない。壊れちゃうよ」
あぁ、本気で怒ってくれてる。本気で心配してくれてる。ウチを、タカハシ家を、父ちゃんを。湿っぽいのはガラじゃないんだけど、ジンときちゃうじゃん。
「ごめんねススキ。でももう半壊しちゃってるんだ。それにこの腕、これからの人生を歩んでいくには枷が大きすぎるんだよね」
必要以上に人に世話される生き方って、かなり窮屈な予感がする。もしも最初からそうだったのなら、苦労しつつも普段通りに出来たのかもしれない。
けどウチは途中で失っちゃったから。失う前の生活とどうしても比較しちゃうんだ。ご飯を食べる事すら出来なくなっちゃったって。
それがずっと続く事が、死にたくなるくらいつらい。
だからウチはワガママを選んだ。短くても全力でこの戦いを生き切るって。
涙をボロボロこぼしながら睨み付けてくる緑の瞳を、真っ正面から見上げた。一時期は身長を抜かしたんだけどな。ウチが一番小さくなっちゃったんだよね。
「ススキ、もう一回お願いがあるの。ススキが想うままに、父ちゃんの事を愛してあげて。壊れちゃう前に、支えてあげてほしい」
生き残って帰ってきて気付かされたから。ウチ達を失う事が、父ちゃんにとって予想以上の致命傷になるんだって。
ムチャをさせてる事はわかってたつもりでも、でも崩れ落ちる姿は見たくないから。せめてこの戦いが終わるまで、毅然としていて欲しいから。
「ムリな事言わないでよ。アタシなんかがコーイチを愛したって、支えになれるわけないじゃない。それこそ完全無欠なチェルが隣にいるじゃない!」
「チェル様だけじゃ足りない。ウチらは親子だから対等になれない。だからススキの存在が必要なんだ」
風を止めると、宙に浮いていたカードがバラバラと地面に落ちた。腕を振るわせながら、右手を差し出す。
「エア」
「ススキでダメだったらもうしょうがないよ。だから気負わず自由に、父ちゃんに甘えてあげてほしいな」
上げてる右手がブレてきた。気を抜くと下がっちゃいそう。それでも辛抱強く待つ。迷い、ためらいがちに右腕を上げて、握り返してくれる瞬間を。
「どうなっても、しんないんだからね」
「ありがと」
握る強さを感じてから、力を抜く。言葉ほど投げやりじゃない事は握る力が証明してくれる。
ヴェルダネスでやれるアフターケアは全部やった。コレで戦場へ生き抜きに行けるよ。




