497 儚げな心の支え
コーイチが私に覆い被さってきた。糸が切れたかのようにドサリと。真横から耳に入ってくるのは、スースーと心地よさそうな寝息。
「まったく。女を抱く気概ぐらい持ちなさい。もう七年も傍にいるっていうのに」
やわな身体の重さを感じながら溜め息を吐いたわ。出逢ってから三年ばかし、ちょっと脅しすぎたからしら。
「聞いていなくても聞きなさい。コーイチは私たちの心の支えよ。バキバキに折れて崩れかけているのも知ってるわ」
見ていて心許ないけれども。自分の足で踏ん張ってくれている。
「けどね、背を預けているととても居心地がいいの。存在感がある。だからコーイチのままで最期まで在り続けて。失ってしまったら私たちは、バラバラに散ってしまうから」
私だけではあの子達をまとめきれないもの。慕う者のいない魔王なんて道化も同じ。最弱でも構わないから、最強の子供達にお担ぎ上げられていなさい。コーイチにしか出来ない事よ。
頼りない背中に両腕を回し、壊れないように優しく抱き締める。
最悪私じゃなくてもいい。崩れ去ってしまう前に、コーイチの支えが現れて。
鼓動を感じながら目を瞑り、夜の静けさに神経を広げる。
「で、私たちを覗く不躾な子は誰かしら?」
ドアの向こうを透かすように視線を向け、白い長身の存在を確信する。
「チェルが殴られてしまうのではないかと気が気じゃなくてね。思わず参上してしまったよ」
なんの悪びれもなくドアを開けると、シャインが前髪をかき上げながら入ってこようとする。
「止まりなさい。この部屋は私たちだけの空間なの。許可なく入れるつもりはなくてよ」
バチンとシャインの足下に電流を走らせ牽制する。特にこのバカは図に乗せちゃいけない。何よりコーイチが危ないもの。
「おぉ怖い。しかしそのヘタレたオヤジのどこがいいのか、理解に苦しむよ。ミーだったら迷わずチェルの愛を受け入れ、愛を注いであげられるというのに」
「そういう事は段階を踏んで、愛を渡し合える仲になってからする事ね。下積みをすっ飛ばしては軽い関係にもなれないわ」
「レディを軽く見た事はないつもりだけれどね。もちろん傷つけた事も一度だってない」
堂々と言い放つ姿が胡散臭すぎて、思わず目を逸らしてしまったわ。
本気で言っているのだとしたら、相当頭が残念になっていてよ。
「一応聞いておくけれど、アナタ勇者とマジメに戦うつもりはあって?」
「気乗りはしないが、全力で相手をさせてもらうつもりだよ。その為にエアには協力してもらわねばならんがね」
考えはしているのね。シャインの性格上、相手が男でも女でも碌な戦いにならないもの。協力者を用意するのは妥当だわ。
「そう。それは心強くてね」
「だがやはり気乗りはしない。そこでチェル、ミーに発破をかけてもらえないだろうか。レディの応援があれば、気力も万倍へと膨れ上がろう」
どうしよう。無性に応援をしたくない。下手に罵っても気合いが入りそうだから怖いわ。
暫く無言の時が続くと、シャインがフーっと息を吐いた。
「コレでも命懸けの戦いに赴くつもりなんだ。餞のひとつぐらい、ねだらずとも送ってほしいものだね」
至極まっとうな意見だけれども、疑問が残るわ。
「死ぬの? シャインが」
「死ぬさ。定めの瞬間がきたのなら、勇者一行の誰かが正しい方法でミーにトドメを刺してくれよう」
正しい方法、ね。現実味のある単語を選んでくれるじゃない。
「それにオヤジから激励を受けても素直に受け止める自信がなくてね。だからチェルに頼みたい」
白く強い眼差しがまっすぐ向けられる。いいわ。本気という事にしておきましょう。
「私の為に死んできなさい、シャイン」
「いいねぇ。全身がゾクゾクする。やはりチェルは女王然と振る舞っている姿が様になるよ」
そんないい笑顔で両腕を広げながら身震いしないでくれない。もう私は後悔しているのだけれど。
ゲンナリしながら、扉を閉めて去って行くシャインを見送る。
気配が消えるまでたっぷり待ってから、少しだけ強くコーイチを抱き締めて眠りについたわ。




