493 握力
父ちゃんに泣き付かれちゃって、フォーレに手当てをしてもらって、お部屋でのんびり休んでいたら晩ご飯の時間になってた。
今回の食事当番はグラス。
ダイニングにあるテーブルの上で、重そうな陶器のドンブリが湯気を出している。お醤油の香りも部屋に充満してるね。
「おいしそ。今日はおうどんなんだね」
テーブルの中央には削り節とかき揚げが盛ってあった。好きに摘まんでいいみたい。
山盛りの削り節を握り、目一杯うどんへ放り込む。踊ってる踊ってる。香りが一段と優しくなったように感じる。
「勇者と戦ってボロボロになったんだ。食事ぐらいは用意しないとな」
「ありがと、グラス」
「ミーも死ぬような思いをしてきたのだがね。どうしてレディの丹精込めた料理でなく、無慈悲な男飯が出てくるのか理解に苦しむよ」
シャインが残念な顔して首を横に振ってる。言い分は解らなくないけど、ケンカを売るような態度はよくないと思うな。ほら、みんなから冷たい視線が刺さってるし。
丸眼鏡をかけてるフォーレが眠そうに箸を掴み、ヴァリーが恨めしそうな雰囲気でウチをウーっと睨んでる。
チェル様と父ちゃんも一緒の晩ご飯だ。やっぱり、父ちゃんやつれてる。
「父さん。お身体の方は大丈夫なんですか」
「ちょっと感極まって泣いちまっただけだ。寝込むほどじゃねぇよ。それより早く食おうぜ、伸びちまう前によぉ」
開いたり閉じたりして箸先をチャキチャキ鳴らしながら、父ちゃんが促す。みんなでいただきますをして、うどんをズズっと啜り始めた。
「はぁ、おいしぃ」
「おやおやフォーレ。メガネが曇ってしまっているよ。かしたまえ。ミーが直々に拭いてあげようではないか」
伊達メガネが曇ったぐらいでシャインが面倒な事言ってる。フォーレは気にも止めてないみたいだけれど。
「おつゆの味に深みが増していてね。たいした腕よ、グラス」
「お褒めいただき光栄です」
「チェルはいちいち味の感想が上品だしグラスも堅ぇよ。もっと砕けた感じに、うめぇでいいじゃねぇか。ん、どうしたエア。箸が止まってるぞ」
「うん、そうだね」
食事風景を眺めて現実逃避してたけど、そろそろ覚悟を決めなくっちゃ。
箸を持ち、うどんを掴んで、持ち上げる。カランっ。
「あっ」
「どうしたエア。箸を取り落とすなんて」
「何でもない何でもない。あっ」
再び箸を掴んで持ち上げようとしたんだけど、やっぱり箸を持っていられなかった。
「エア? ……まさか」
グラスが声を上げるまでもなく、みんなから注目された。観念しよっか。
「ブレイブ・ブレイドをむりやり掴んだのがよくなかったね。勇者の力って言うのかな、対魔王特攻がついた必殺技だけあるよ。フォーレの治療を受けても腕の感覚が戻らないんだもん。戻りそうな気配もない」
包帯に巻かれて腕を見せながら溜め息を吐いたよ。あーあ、空気が重くなっちゃった。




