492 命のぬくもり
軽くてね。
泣き疲れて気を失ったコーイチを抱き上げた際に感じた。
弛みつつもやつれた身体はどこまでも頼りなくて、少し力を込めれば折れてしまいそう。
身体も、心も。
みっともない見栄っ張り男を、柔らかなベッドへゆっくりと下ろす。涙が乾いた跡を頬に残しながら、スースーと寝息を立てているわ。
「コーイチ。アナタは七年前に拾ったあの時から変わらなくってね。情けなくて軟弱なまま」
頬を撫でると、短く剃り残していたヒゲが手に引っかかる。手入れの行き届いていないところがだらしない。
何かを貫き通す意志もなければ、己を高めようとする気高さもない。ただ気弱で、言う事を聞かせるには都合のいいお調子者だった。
「けど、優しさだけは人一倍強かったわね。それしか誇れるものもないクセに」
色にボケたヘタレなクセして、痛みを代替わりする意地だけはむやみに強いのだから。
「だから私も、いつの間にか頼ってしまっていた。コーイチの弱さから目を逸らしながら、背でもたれかかっていた」
コーイチからしたら男冥利に尽きるのかもしれないけれど、私は背負っている物が重くてよ。
「ましてやコーイチは、貧弱なのだから」
優しさと愛が強い分だけ、失った時の打撃が大きくなる。デッド、シェイと致命傷を二連撃で食らっていた。
コーイチが平気であるはずがなくってね。
「そして、三発目の致命傷を回避した事で、生きているという安堵をこれでもかと実感してしまった。倒れない方がおかしくてね」
いつからこのかっこ悪い男に、安心感を覚えてしまっていたのかしら。
「やっぱり私も悪い女だわ。それこそ魔王級に。死んでしまうほどボロボロのコーイチを、死ぬまで扱き使おうとしているのだから」
「随分しおらしいじゃねぇかチェル。もっと女王様然としててくれなきゃ、俺の調子が狂っちまうだろうが」
いつ意識が戻ったのかしら。コーイチは目を瞑ったまま、弱々しい声で威勢を張る。
「コーイチ」
「それに魔王は俺だ。俺なんだ。今更チェルに返すつもりはねぇ。ちっと情けねぇトコを見せちまったかもしんねぇけど、俺はまだまだやれるぜ」
もう、虚勢だけは一人前の小者なんだから。
「ムリしなくてもよくてよ。コーイチが情けないのはいつもの事なのだから。だから今は余計な事なんて考えないで休んでしまいなさい」
「おいおいヒデぇな。傷ついちゃうぞ」
「勝手にほざいていればよくてよ。ただもし望みがあるならお願いする事を許してあげるわ。私にどう癒やしてもらいたいか言ってみなさい」
ほんの少しならサービスしてあげなくもなくてよ。そうしないと消え入ってしまいそうだもの。
「出血大サービスじゃねぇか。だったらよぉ、手だけ繋いでてくれるか」
「手?」
「今は、命のぬくもりを感じ続けていてぇ」
バカね。意地を張っておきながら弱いところがダダ漏れじゃないの。仕方なくてね。
膝立ちになりながらベッドの上へ乗り込み、枕を取っ払って私の膝をコーイチの頭の下に差し込んだ。
「ハっ。気前がいいじゃねぇか。膝枕なん子供の頃に母さんにやってもらったキリだぜ」
「今更ながら寂しい人生を送っていてね。恋人がいなかったと白状したような物よ。同情してあげるからそのまま休んでしまいなさい」
「意識を保ったまま五感に刻み込みてぇとこだけど、眠さにあらがえねぇわ。おやすみ」
「おやすみ」
おでこを撫でてあげながら、コーイチが寝息を立てるまでじっくりと待ったわ。トクトクと速まる心音が、少しだけ心地よかったのがちょっぴり悔しくてね。




