490 逞しいお姫様抱っこ
まいったな。父ちゃん、もうどうにかなっちゃいそうじゃん。ウチらの事を大切にしてくれてるのは知ってたつもりだったんだけど、こんなにだったなんて思ってなかった。
子供のように抱きついて泣きじゃくる姿を見せられちゃったら、次の戦いに行きにくくなっちゃうよ。
遠慮なくウチを抱きしめてる無骨な両腕が、ウチの胸に押し付けてくるくたびれた顔が、見た目以上に弱々しいや。
傷だらけのくたびれた身体でさえ脅かす事も出来てない弱さに驚愕しちゃうよ。全力がなんの痛みにもならないなんて。
ウチは、こんなにも弱い父ちゃんを追い詰めちゃっている。支えにしちゃってる。
悪い子でゴメンね。ボロボロに追い詰めちゃうまで心配させてゴメンね。
不意に父ちゃんから力が抜けると、床に倒れ込みだした。
「ちょっ、父ちゃん」
このままじゃ床へ顔面から衝突しちゃう。心配の声を上げると、ウチの後ろからシャインが父ちゃんを支えてくれた。
「とんだダメオヤジだ。男の風上にもおけない。華奢なレディに抱きついた挙げ句、疲れ果てて気を失うなど」
シャインが文句を言いながらゆっくりと、憔悴しきって気を失った父ちゃんを床に寝かせた。ベッドへ運ぼうとしないあたりがシャインらしいのかもしれないけれど、男嫌いを考えるとかなり譲歩した方なんだろうな。
「ありがと、シャイン」
感謝のお礼とばかりに、フンと不機嫌な鼻息が返ってきた。
正面ではチェル様が赤い瞳を丸く見開いていた。
「エア、あなた……」
聞きたい事が途中で止まってる。チェル様の事だから勘付かれちゃったかな。でもだからってウチのやる事は変わらないんだよね。
涙も乾いていない父ちゃんの寝顔だけが、ウチの自由にブレーキをかけてくる。
自由を失った鳥かごの生活も、父ちゃんを安心させられるならアリかもしれないって決意が揺らぐ。
「ウチも勇者にコテンパンにされちゃったからね。父ちゃんを受け止める元気がなくなってただけだよ。フォーレは居る?」
「居るよぉ」
ガチャっと玄関を開く音と同時に、後ろから間延びした返事が返ってきた。
「フォーレ、それは居るじゃなくてちょうど帰ってきたとこって言うんだよ」
「おぉフォーレ。今日もミステリアスさに磨きがかかっているではないか。出かけてて疲れているだろう。少々ミーと二人っきりでお茶でもしようじゃないか」
「派手にやられちゃったねぇ。回復薬が欲しいんだよねぇ。アタイのお部屋で治療しよっかぁ」
ウチのツッコミを完全無視して、マイペースに奥へと進むフォーレ。シャインの熱烈な口説き文句も耳に入っているか怪しい。視線も合わさなかったし。
フォーレがウチの手を掴むと同時に、チェル様が父ちゃんを悠然と横抱きに持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこってやつだね。
「こんな所で寝かせてしまったら風邪を拗らせ肺炎になり、死に至ってしまうわ。コーイチをベッドへ運ばないとね」
軸のぶれない優雅さで、父ちゃんを自室へと運んでいった。
「なんっていうかぁ、逞しいお姫様抱っこだよねぇ」
「羨ましいな。ウチも父ちゃんをお姫様抱っこしてみたいよ」
チェル様のかっこよさに思わず溜め息漏れちゃったよ。
「だったらぁ、治療して早く治さないとねぇ」
フォーレの微笑みに、ちょっぴり申し訳なさを覚えたよ。




