486 亀裂する正義
「理解できない。仮に、アクアが助けようと行動したけどジャーレフを救えなかったのならまだ納得も出来た。けど何もしなかった。見殺しも同然じゃないか」
「見殺しって言ったらそうかもしれない。そこは認めるわ」
そうだよな。エリスだって反論の余地がないぐらいの非道をアクアはしたんだ。だったら引き戻さなきゃいけない。エリスを非道の道から、正義の道へ。
「けどそれが何だって言うのよ」
「何っ?」
「アクアの倫理観が狂ってるのは今に始まった事じゃない。って言うか最初からじゃない。その軸があるうえでアクアはアタシ達に力を貸してくれているのよ。感謝しない方がおかしいじゃない」
バカな。気分次第で助けを求めている人間を見捨てる事を、容認しているものではないか。それを感謝しろだなんて間違っている。
「どこに感謝するところがあるんだ。助ける力も余裕もあるのに手を差し出さないなんて普通じゃない」
「だから、アクアを普通と思う事自体が間違ってるのよ。元々ヴァッサー・ベスを侵略していた魔王よ」
そうだ。アクアはヴァッサー・ベスで小さな島ごと、そこに住む人間を津波で飲み込んだ。
「半分魔物、半分人間の敵なの。なのに助けてくれている。ハッキリ言って異常なの。そしてその異常が起こしてくれているから感謝できるの。血を分けた家族に矛まで向けているんだから」
確かにアクア一人の視点で見れば、心の中で大奮闘をしているのかもしれない。けどいくらなんでも視野が狭すぎる。
「それに、エアのところに辿り着く前にジャーレフと合流してたって、全員無事に生還できたわけでもないでしょ」
「可能性はあるじゃないか。だったら最善を目指すべきだろう」
「確かに可能性はあったかもしれないわよ。けど逆にアタシ達の誰か……うんん全員が空に散っていた可能性だってあったじゃない。むしろそっちの方が確率的に遙かに高いわよ!」
途中で首を横に振りながら、前のめりになって叫んでくる。
「第一ジャーレフ達があの場で大人しく守られてくれると思ってるの? 絶対に動いてもらったら困る方向に動いて場を引っかき回してたわよ。クミンとワイズだってそれが原因で致命傷を負う事だって充分あったんだから」
思わず言葉に詰まってしまう。ジャーレフ達だったら間違いなく、いいところをもらおうとボクたちの不意を突いて動く。
「もっと言うとジャーレフの命なんてどうでもよかったわ。アクアの方が万倍大事で、万倍大好きだもん」
「それとコレとは話が違っ……」
「違わないっ! もしもジャーレフのせいでアクアが死んでたら、それこそアタシがジャーレフを射貫いてたかも知れないくらい、アクアの方を守りたい!」
茶色い切れ長の瞳が、真剣に僕を射貫く。そんなにもアクアが大切だって言うのか。どれだけの非道と悲劇を繰り返してきたかも知っているはずなのに。思い出してみればマリーだって……マリー、だって?
どうしてマリーが殺された事を思い出さなくちゃいけなかった? 思い出すまで、忘れていた? 一番大事な事のはずなのに。
違う。マリーが黒いはずがない。そうだ、陰りが出始めたのだってタカハシ家のロンギング襲撃が原因だ。やっぱり、タカハシ家は全員、勇者として倒さなきゃいけないんだ。
「いくらなんでもアクアを盲信しすぎだエリス! 頭を冷やせっ!」
「なっ、血が頭まで上ってるのはジャスの方でしょ! なんでわかんないのよっ! もういいっ!」
エリスは怒鳴り散らすと、ツカツカとボクを肩で押しのけて歩いて行った。
押された衝撃で呆然としてしまったが、すぐに奥歯を噛み締める。
どうしてこうも上手くいかないんだ。クソっ!




