479 生死の行方
強風に耐えながら、吹き飛ばされて墜ちてゆくエアを見送る。
勝てた。あの窮地から、ボクたちが。
エリスが長い緑の髪を強風で靡かせながら、強い眼差しで青空を仰いでいる。
ブレイブ・ブレイドどうしの衝突を見守っている中、足掻いて勝利を手繰り寄せた少女。
言っては悪いけど、戦力の足しぐらいにしか思っていなかった。
見ているかいエフィー。君の娘はいつの間にか逞しく育っていたよ。
感慨に耽っていると、エリスがキツい眼差しのままボクの方を向いた。
「ジャス。アクアに回復魔法を、急いでっ!」
切羽詰まった叫びが、ボクの心臓を跳ねさせる。
回復、アクアを?
床で横たわって目覚めないアクアを眺める。
エアと対峙した時こそ戦ってくれた。シャインの投げ槍からボクを守って戦況を悪くしてしまった。確かにボクたちの仲間として戦ってくれた。けど。
もっと早く戦う気になってくれていれば、ジャーレフ達を助けられたかもしれなかった。なのにアクアは消えようとしている命に全く手を差し伸べなかった。
アクアは一時的にボクたちの味方はしても、人類の守護者になる事はあり得ないのではいか。
救える命を見捨ててきたんだ。ボクはここで、アクアを見捨てるべきなのでは?
アクアがやってきた許されざる悪行の数々が頭を過ってゆく。
「ヒール」
迷いを抱いたまま、見殺しにするって選択肢を視野に入れたまま、それでも回復魔法をアクアへ施す。何をやっているんだろう、ボクは。
「んっ、んんっ」
「アクア」
アクアが唸って瞳に光を戻すと、エリスが床に両手を突きながら身を乗り出した。
「エリス? 私……」
「何やってんのよバカっ! アクアがアタシ達より先に倒されてどうすんのよ。おかげでアタシ達だけで戦わなくちゃいけなくなったんだからっ!」
「そっか。ごめんねエリス。肝心なところで役に立てなくて」
涙を流しながら一方的に罵倒するエリスの頬に、アクアが微笑みながら優しく右手を添えた。
「ホントよ役立たずっ! 心配させすぎなのよ。バカっ」
「ありがと、エリス。ところで、戦いはどうなったの?」
「勝ったに決まってんでしょ。ちょっと言いにくいけど、まずシャインが塔から落ちたの。シャイントルネードって技を使って、そのまま……さすがにこの高さから落ちたら、その……助からないと思う」
エリスは茶色の視線を泳がせながら、言いにくそうに伝える。アクアが青い瞳をパチクリさせる。
「え? シャイントルネード? こんな所でアレをやったの? エアも鬼だなぁ。っで塔から落ちたと。んー……んんー……んん?」
アクアは腕を組みながら首を右へ、左へ、後ろへと傾げさせながら唸る。
「申し訳なさそうにしてるところ悪いけどエリス。シャインがこの程度の高さから落ちて死ぬとは思えないんだよね」
そしてバッサリととんでもない答えを出した。
ちょっと待てアクア。ここ雲より高いぞ。いくら不死身だからって、さすがに死ぬだろ。いやむしろ死ななきゃおかしい。
ワイズもクミンもあり得ないだろって顔が語っている。
「まぁシャインはいいや。エアは?」
「エアは、ブレイブ・ブレイドの後ろに回り込んで、掴んで手動で操作しだしたわ」
「すごっ。エアの事だからなにか仕出かすと思ってたけど、まさか掴んで操るなんて思わなかったな。それで」
「ブレイブ・ブレイドどうしで衝突し合って拮抗している間に横から攻撃いれて吹き飛ばしてやったわ。飛ぶ気力もないくらいズタボロの傷だらけになって墜ちてった」
「すごい。エアに勝ったんだねエリス。おめでとう」
裏のない賞賛浴びせるアクア。妹の死を告げられたって言うのに、動揺を表に出さないでいる。
本当に動揺していないんじゃないだろうかと、一抹の不安を覚えるほどだ。
「アクア、当然でしょ。アタシの力を見くびらないでよね。立てる? そろそろソル・トゥーレへ帰るわよ」
エリスが立ち上がって手を差し伸べると、アクアがその手を取った。立ち上がると少しヨロついてからはにかむ。
「そうだね。急いで帰らないと……あれ?」
不意に首を傾げるアクア。
「どうしたのよアクア。何か気になるものでもあった?」
「……エア、まだ生きてる」
確信を持ったように爆弾発言を投下された。
「生きてるって、アタシの言った事疑ってるわけ!」
エリスは怒っていると言うより、驚愕しているといった感じで叫んだ。
「疑ってなんていないよ。でも生きてる。だって、大空への塔がまだ崩壊を始めてないもん」
宿主を失った魔王城は、形成するための魔力が遮断される事で崩壊する。しかしエアの魔王城は未だ顕在している。エアが生きているなによりの証拠であった。




