46 最後のスキルは正真正銘のチートでした
「父さん、大丈夫ですか」
俺の部屋にグラスが恐る恐る入ってきた。グラスの後ろにみんなも続いている。キョロキョロと見渡しながら、物に触れないように進んでくる。触った瞬間にティウンティウンする即死トラップはないから安心してもいいんだけど。
でもモンムスたちから見れば、辺りにあるもの全てが未知の道具か。触っただけで何かが発動するのではないかとビクビクしているんだろう。
「大丈夫だ。それに安心しろ。この部屋には魔王城においてある道具以上に危険なものなんてないから」
たぶん。ひょっとしたらガスコンロとか危険かもしれないけど、魔法の道具に比べると遥かに安全だ。
「はぁ……」
グラスが信頼できないとばかりに部屋を見渡している。まるで隠されたトラップでも見つけ出すように視線を鋭くする。
どう説明すればいいのやら。俺だってよくわかってないからな。なんでいきなり俺の住んでいた部屋が現れたんだ。
腕を組んで首を捻るが、一向に答えなんて出てこない。仕方がないからカーテンを開けて窓の外に出てみる。
「懐かしい。てか、ひょっとして俺、帰ってきたのか」
イッコクに飛ばされたのも急だと思ったら、戻ってきたのも急だなんて。今さら戻ってこれても困るんだけど。会社は一年も無断欠勤。そもそも行方不明なんじゃないか。社会的に俺は死んでいる気がするんだけど。
できれば触れたくない現実だった。戻ってきたことでたくさんの問題が山積みになっているだなんて。
喉の奥がつっかえて、身体が冷える。
「……やめ、考えないようにしよ。生憎、まだイッコクには戻れそうだしな」
俺は玄関が開いていることを確認してから、再び景色を眺めた。
バルコニーの手すりには布団がかけられていた。俺が会社に出勤したときのままか。外を見ると、二階からの田舎じみた風景が目に映る。空は懐かしい青で、太陽は東の空に浮かんでいる。
こっちでは朝か。イッコクでは昼前だったんだがな。時間は並行してないのかな。
手を伸ばしてバルコニーの端に行く。すると、ガラスのような見えない壁に手が当たった。
「えっ、なんだこれ?」
両手で確認すると、まるでパントマイムのようにペタペタと見えない壁に触れる。そのままに横に移動していくと、隣の部屋の仕切り部分で見えない壁に隔離されていた。
「ひょっとしてこれって、出られないのか」
鳥かごのなかみたいな感じか。いや、よく見ると外に人影が全くないぞ。
「父上、ここは闇のように静かな場所ですね」
「それにぃ、生活の音とかぁ、動物の音も聞こえないよぉ」
「なんだって?」
確かに静かすぎる。車や電車が通る音も、小鳥のさえずりも、ちょっとした生活音さえも聞こえない。
部屋でありながら、どこか無機物めいている。まるで作られた空間のようだ。
ベランダからなかに戻ってあたりを見渡す。アナログ時計を見ると8時46分を示していた。もう一度注意深く部屋を見渡す。隅の配置されたデスクトップのパソコン。洋服ダンスに遊び道具。テレビにはゲームの据え置き機が繋がっている。
あいた時間はテレビゲームかパソコンで潰していたっけ。懐かしいな。ボッチには心強い味方だったぜ。ちゃんと起動するんだろうか。
周囲を警戒するモンムスたちを横目に、パソコンの電源を入れる。
ウィーンと特有の起動音を放ち、画面がゆっくりと明るくなる。準備完了の効果音が部屋に響いた。
「おいジジイ。何やってんだよ。おもしれぇことか」
「きゃはは。ヴァリーちゃんにも教えてほしいなー」
デッドとヴァリーが両肩に顔を乗せて覗き込んできた。二人からすれば未知の遊び道具だ。ネットに繋がれば遊びの幅が無限に広がるからある意味では恐ろしい。廃人にだけは育ってほしくないからな。
「まぁ待て。こいつは起動してからじっくり時間を待ってやらなきゃいけないんだ。急に動かすと壊れる恐れもあるからな」
ブーたれる二人を宥めながら二分ほど待つ。そろそろいいだろう。
「さて、何から調べるか……とりあえず今日が何日か確認すっか」
イッコクでは一年が経ったけど、こっちではどうなってるのか。並行してはなさそうだし、調べる価値はあるかも。
マウスをいじり、ディスプレイ右下にある時計をクリックした。カレンダーが出てきて、日付が表示される。
「えっ?」
思わず声を上げと、モンムスたちがざわめいた。何でもないと宥めてから、再び日付を確認する。
3月28日火曜日。俺が転移した日だ。偶然か。
ふと時計を確認して気づく。デジタル表示が8時46分23秒で止まっていた。不意にアナログ時計を見ると、短針どころか長針さえも動いてない。
「時間が動いてねぇ。あっ、もしかしてこの時間って、俺がイッコクに飛ばされたときの時間か」
出勤の途中だった。時間をチェックしていたわけではないが、時刻的には頃合いだ。
「おとーはこの部屋に詳しいねぇ。知ってる場所なのぉ」
「知ってるも何も、ここは元々俺の部屋だったからな」
「おとーのマイルーム?」
「あぁ、俺のマイルーム……」
あれ、マイルームって……ひょっとしてこれ、俺のスキルか。
改めて考えると合点がいった。マイルームが部屋しか生み出さないなら窓から外に出られるはずがない。作れるのは間違いなく部屋だけだから。
あれ、時間が止まってることは。
俺はキッチンに向かうと、冷蔵庫を覗き込んだ。料理なんてしなかったので冷蔵庫には飲み物類しかない。そしてその飲み物は二種類に分けられる。お茶とビールだ。
日曜に買いだめするようにしていたので、冷蔵庫は缶ビールとペットボトルのお茶で埋め尽くされていた。
「ひょっとして、こいつら飲めるのか?」
お茶を手に取り、ゴクリと唾を飲む。キャップを開けながら考えた。
腹を壊す可能性もあるけど、試した方がいいんだろうな。もしも無事に飲めるなら、マイルームは時間が止まった空間ってことになる。
たぶんどこでもマイルームを出すことができると思う。使い方次第では、部屋の形をしたアイテムボックスにできるはずだ。
あとは、保存が効くかどうか……ナムサン。
意を決してお茶を飲み込んだ。ゴクゴクと喉を鳴らして。
安っぽくて慣れた味だ。違和感はどこにもない。全然飲める。むしろおいしい。
お茶を半分ぐらい飲んだところで、口から離した。
「ぷはっ。普通に飲める。違和感もないし、時間が止まっている説は確定か?」
疑問は残るが、都合のいい方に考えておいた。再びパソコン前まで移動して『青いe』のマークをダブルクリックした。
俺のマイルームによって作られた空間だ。隔離されてるからネットには飛び込めないだろうな。
諦め半分に試してみたら、呆気なくネットは繋がった。
「マジか。えっ、これって検索し放題。現代の技術を引っ張り出し放題。何これ、チートじゃん」
時間は一年前のまま止まっているので情報は新しくならなそうだ。けど更新されまいが、ネットの情報量は半端じゃない。
「……まさかな」
ふと思い至ったので、有料アニメサイトを開く。サイトに月額払いの登録を済ませたら、速攻アニメの視聴ができる。
クリックすれば銀行から支払われるように設定は済ませてある。三百万の貯金が入っていたはずだ。遊びに使う余裕がなかったから貯まる一方だった。
サイトの同意条約をスキップし、個人情報を入力。契約を終わらせた。無事に支払いが終わっていたら、もう視聴ができるはずだ。
「さて、何を見ようか」
とりあえず有名な、少女向けの格闘アニメでも見てみるか。ヒロインの変身に一分以上かけるアニメだ。
クリックしたら無事に動画が流れ出した。
「マジかよ。購入も可能かよ」
さすがに物、例えばフィギアとか配達物は無理だろうけど、ネット上なら買い物も自由そうだ。
「わぁぁぁ」
ふと気づくと、モンムスたちがディスプレイに釘づけになっていた。キラキラしいオープニングが終わり、物語が始まっている。
「どうせだ、一話だけ見ていくか」
アニメに夢中になっていたモンムスたちに、俺の呟きは届かなかった。後で、小説家になろうサイトに潜ろう。更新はされないと思うけど、漁ることはできるからな。
心豊かに一話を見終える。続きをせがまれたがスルー。お気に入りのサイトに入ったところで、ドアからチェルの悲鳴が聞こえたので、渋々と断念したのだった。
たぶん、マイルームの玄関に驚いたんだろうな。




