45 どこでもマイルーム
イッコクに飛ばされてからもうすぐ一年になる今日この頃。
俺はチェルの部屋でモンムスたちの子守をしていた。チェルは魔王様へ近状報告に向かっている。
チェルが戻ってきたらみんなで昼飯の予定だ。
魔王様はかなりゴツイけど、血の繋がった親子だ。身内同士の打ち解けた会話が、子守で荒んだ心を癒してくれるかもしれない。だいぶ疲れていたからなぁ。
丸テーブルに腰かけていると、服をクイクイっと引っ張られる。
「おとー、だっこぉ」
「パパ。ヴァリーちゃんをだっこさせてあげるね。嬉しいでしょー」
ボーっとした顔で両手を広げて待つフォーレに、ピョンピョン跳びながら急かすヴァリー。
「おっしゃ。でも二人いっぺんにだっこできないから、腕にぶら下がるのはどうだ」
「んー、おもしろそぉ。いいよぉ」
「何でもいいから、早く早くー」
俺は立ち上がると、二人が手を伸ばせば届く高さに腕を用意する。フォーレは俺の右腕をのんびりと両手でつかむ。対してヴァリーは指を組んで腕輪を作り、俺の左腕をくぐらせた。
「よし、行くぞ。よっと」
渾身の力を込めて持ち上げる。右のフォーレは無気力にぶら下がりながら、おーっと感嘆の声を上げる。ヴァリーはきゃははと笑いながら、ブランコのように身体を揺らして楽しんでいた。
うおっ。子供をぶら下げるだけでもツラいっていうのに、ヴァリーのやつ更に負担をかけやがる。楽しいのはわかるんだけど手加減してほしいぜ。フォーレを左手にするんだった。
腕がプルプル震えてきたが、気力で持ちこたえる。
フォーレはアクアと一緒にいることが多いけど、たまに一人でいることもあった。静かな環境を好むのがフォーレらしい気がする。
反対にヴァリーは一人でいることを嫌う口がある。だいたいデッドかアクア&フォーレペア、もしくはシャインと一緒にいる。
「もうそろそろいいかな。二人とも降ろすぞぉ」
腕も限界になったのでゆっくりと降ろした。
「うん。楽しかったぁ」
「きゃはは。おもしろーい。もう一回もう一回」
フォーレは満足そうに口の端を吊り上げたが、ヴァリーは楽しさのあまり続行を要求した。
「ヴァリー、俺はそんなに力持ちじゃないんだ。だからさっきの遊びは一日一回が限界なんだ。わかってくれ」
ヴァリーは納得できず、えーっと不満をたれる。勘弁してくれ。もう俺の体力はとっくにゼロなんだ。オーバーキルなんだ。
代わりに頭を撫でてやると、不満をどうにか収めてくれた。
「もー、しょうがないなー。パパはわがままなんだから。素直なヴァリーちゃんが許してあげるね」
またこいつは生意気なことを。表情に出さないようにしながら、手を放した。
ひと段落したところで部屋を見渡す。チェルのベッドのすぐ横で、白い服に身を包んだシャインがショボンと体操座りをしていた。
もはや毎日のことなので気にしない。シャインは日課である乙女と距離を接近させよう大作戦を決行。無残にも失敗すると一日あぁして動かなくなる。
気にかけようとは思わないが、ホント毎回よくやるなぁと感心してしまう。せめて男共と絡めばいいんだけど、スキルが邪魔をしている。不憫に思わなくもない。
隅の方ではグラスとデッドが筋トレに励んでいた。マジメなグラスにイタズラ好きのデッド。相性が悪そうな二人だが、一緒にいることが多い。
男同士の気軽さもあるんだと思う。シャインも混ざれればいいのに。
グラスと暮らすようになってから、チェルの部屋も汗臭くなった気がする。きっと悩みの種の一つになっているんだろうな。
また別の片隅ではシェイとアクアが精神統一をしていた。いや、正確にはシェイの精神統一をアクアが真似ている。
シェイがデッドとヴァリーを懲らしめた一件で、アクアが憧れを抱いたみたいだ。二人で一緒に精神統一している光景もよく見るようになった。
シェイは孤独を好むタイプで自分からコミュニケーションをとらない。けど話しかけられても無視するようなことはしない。根はやさしいみたいだ。
アクアは控えめでオドオドしているけど、芯は強い方だと思う。
子供たちの成長を見ながらのんびりと魔王城ですごす日々。生活にだいぶ慣れてきた反面、退屈を感じることもしばしばある。
「あー、暇だな。麻雀してぇ」
「何それぇ、おとー、おもしろいのぉ」
「ヴァリーもやってみたいなぁ」
「楽しいけど、二人には難しいと思うぜ。それに、道具を用意できないからな」
つい微笑ましくなって、二人の頭を撫でた。見た目が一歳児の子供が麻雀を打つ姿は想像するだけでシュールだった。
不意に俺は元いた世界に郷愁を感じたりしてしまう。別段に会いたい相手はいないが、パソコンとか牛丼とか身近にあったものを求めてしまう。
「一度でいいから俺の部屋に戻りてーな。マイルームの扉でも開かないかねぇ」
何の準備も覚悟もしてなかったから、やり残したことが多い気がする。重要なことは残っていないんだけ……
「ねぇ、おとー?」
考えの途中で服を引っ張られた。やれやれ、子供がいると物思いに耽る暇もないぜ。だが気のせいか、雑音がなくなった気がするんだが。
「どうした、フォーレ」
「アレ」
フォーレは何かを見ながら指を差した。その方向には壁しかないはずだが。
「アレって……は?」
思わず呆けた声が出てしまう。きっと俺は大きく目を開いて、間抜けな顔をしているだろう。
どこでもドアよろしく、古臭いドアが音もなく出現していた。豪華な調度類でまとめられた部屋には似つかわしくない、錆びた鉄製のドアだ。
緑のペンキもところどころ剥げている。開けば軋む音が響くだろう。蝶番に油なんて刺していないから動きも悪いはずだ。
「何で、あのドアがあんなところに」
ハッと思って周囲を見る。モンムスたちは古びたドアに注目し、息をのんでいた。
そっか。みんな知らねーんだ。あのドアが、俺が昔住んでいたボロアパートのドアだって。
唾をゴクリと飲み込み、意を決っしてドアに手をかける。回るドアノブ。鍵は開いている。
キィィとうるさい音を立てて開くと、廊下とキッチンが一体化した通路があった。食器類に冷蔵庫。コンロは小さいのが二つ。左側にある扉はトイレと風呂だ。そして奥には引き戸が待ち構えていた。
玄関で靴を脱ぎ、奥へと進む。モンムスたちの見守る視線を背に、引き戸を開いた。
正面にある窓とカーテン。右隅に配置されているパソコン。部屋の中央にはコタツがデンと置いてある。
コタツの手前まで進んで振り返ると、押し入れに普段着がかけられているのが見えた。下の隅には麻雀やトランプといった、遊びのセットが一塊になっている。俺はある漫画が好きなので透明麻雀牌なんかも揃っていた。
「間違いない。ここは、俺の部屋だ」




