451 大空への塔
エアは軽いかけ声と同時にジャーレフの腕から飛び降りると、後ろ手を組みながら眼前まで迫ってきた。目線をボクに合わせて。
速い。
「浮いてるだと。貴様な何者だ」
驚愕しながら問い詰めるジャーレフ。エアは振り返り際に、塔の方を指差して宣言する。
「あそこにある、世界で一番高い城の主だよ。空の勇者さんからしたら、ソル・トゥーレを救う為に倒すべき怨敵だね」
「バカな。こんな細い女子に鳥神様が侮辱されているというのか。どうしてやられるがままになっているのだ」
想定していたよりも遙かにか弱い姿の敵に驚きが隠せないようだ。
「そりゃあウチ、鳥神様より強いもん。何年前だったかな、サシで戦ったの。あの時は殺されちゃうかと思ったね」
懐かしむようにサラッと漏れ出た驚愕の事実。鳥神が実在している事にも驚いたが、それ以上に神と名のつく相手に勝利しているのが恐ろしい。それも今より幼い頃に。
「貴様は、鳥神様を殺したと言いたいのか」
「別に勝ちはしたけど殺してはいないよ。ウチの邪魔をしないって誓ってくれれば殺す必要なんてないもん」
あっけらかんと告げるエア。虚勢を張っているように見えないところから、事実なのだろう。
「なんと生意気な態度だ。鳥神様を侮辱するなど女子供とて許さん。オイラが手ずからお仕置きをしてくれる」
両腕を開いて掴みかかるジャーレフ。エアは高度を上げると、ジャーレフの頭に手をついて宙返りをしながら躱した。
「逸る気持ちもわかるけど落ち着こうよ。こんなところで戦ったら被害がバカにならないよ」
軽くあしらわれた事で鼻息を荒くして憤慨するジャーレフだけど、エアの言う事ももっともだ。本気でソル・トゥーレを滅ぼすつもりなら、ボクたちが来る前にそうしてるだろう。
「ウチは大空への塔の頂上で待ってるからさ、いつでも登っておいでよ。いつきても最高に景色がよくって、元気な風が吹いてるからさ」
大空への塔か。あの高さだ、名前通り空へ続いていそうだ。
「もうちょっとお喋りを続けたい気持ちもあるんだけどね、ツレがバカやり始めたもんで撤収するね」
ツレ?
エアが振り返った方を見ると、白い髪の長身の男が若い女性に向かって鼻を伸ばしながら話しかけていた。それも複数に。
なんだあの軟弱そうな男は。あんなに言動がだらしないって言うのに、心底から威圧感を感じてしまう。アレも魔王なのか。
直感が魔王と告げるのだけど、あの顔に記憶が一致しない。ホントにタカハシ家か?
ボクが不気味な疑問に苛まれている間に、エアは文字通りツレの元へと飛んでいった。両肩に乗り、男を見下ろす。
「ウチの挨拶は終わったからそろそろ戻るよシャイン」
「待ちたまえエア。今ようやく彼女たちとの会話が温まって……」
言い訳を他所にエアは黄色く光ると、背中に黄色い翼を生やし、両足がかぎ爪になった本来の姿を露わにする。
周囲に上がる悲鳴をものともせず、エアはボクの方を振り向いて微笑んだ。
「勇者さん達には特別な歓迎も用意してるから、楽しみにしててよね。じゃあね」
シャインの両肩をかぎ爪でガッチリと掴み、翼をはためかせて飛び上がる。
「エアっ! 心細いのはわかるが帰るなら一人で帰りたまえ。ミーはソル・トゥーレ美人達と夜……」
エアが遠く大空への塔へと飛んでいくほどに、男の情けない説得は小さく聞こえなくなっていったのだった。
最後はなんだったんだろうか。




