450 無邪気な翼
「ほぉ。少しは情熱を宿した顔になったな。そうでなくては競ってもおもしろくない。最も、オイラの活躍は揺るぎないがな」
ボクの迷いが少し晴れた事に気づいたジャーレフが、不敵な笑みを浮かべた。
コレまでさんざ戦い続けてきて嫌になっていたけど、互いを高めて競う戦いは悪くないのかも知れない。気力という火が灯ったんだって、自覚できる。
例え、相手が遙かに格下だったとしても、胸に秘めた情熱が本物ならライバルたらしめる存在になり得る。
「わー、空の勇者だ。ムキムキで強そう」
燃えるような視線の応酬を、無邪気な少女の声がぶった切る。
やれやれ、気が逸れてしまうな。けど物怖じしない純粋な子供に割られたのなら仕方が……ない?
黄色い声援をあげながら両手を広げてジャーレフへと駆け寄る少女は、黄色いボサボサなショートの髪を揺らしていて肌が白かった。
黄色いノースリーブにホットパンツ、見覚えがあって仕方がない。
緩んでいた感情が引き締まり、緊張で汗が滲み出てくる。
「家族旅行をしている子供か? 毎日鍛えてるからな、オイラは強いぞ」
見ただけで圧に押されるこの感覚、間違いなくこの少女は、魔王エアだ。
警戒心をむき出しにしているボクとは対極に、気前のいい笑顔でエアを受け入れるジャーレフ。
「すっごく強そう。ねえ、腕をムキっとしてよムキっと。ウチがぶら下がっても平気かな」
「はっはっ、こうかな」
ジャーレフが肘を折って力を込めると、エアは両手で掴んでぶら下がった。
「すごいすごい。おにいさん力持ちだね。つらくない」
「このくらいなら楽勝さ。なんせ空の勇者だからな。むしろお嬢ちゃんは軽すぎだ。もっと食べて大きく育たないと、ナイスバディにはなれないぞ。はっはっはっ」
エアから無邪気に褒められ、気を良くして高笑いするジャーレフ。一見微笑ましい光景は、知っているボクからすると危なっかしくて仕方がない。
エアを注視していると、ぶら下がりながら黄色い瞳をこちらへ向けてきた。
「勇者さんも久しぶりだね。知ってる? あの塔が建ってから空の勇者が祭り上げられたのは三人目なんだけどね、ソル・トゥーレの住人から空の勇者が選出されたのは初なんだよ」
「よく知ってるなお嬢ちゃん。あの忌わしき塔が建つ前こそ空の勇者は町人から選ばれていたが、悪しき侵略者を倒す為の空の勇者は町に滞在する強き冒険者が選ばれていたんだ」
エアがぶら下がったまま微笑んだ。ジャーレフは特に疑問を持たずに補足をする。
「ジャーレフの前に選ばれた二人の空の勇者は、どうなったんだ」
「言うまでもない。勇敢に戦い、聖なる空へと散った。今度こそはと誇り高きソル・トゥーレの民から、このジャーレフが選ばれたのだ」
エアをぶら下げながら胸を張るジャーレフ。エアはジャーレフの身体に足を絡めると、スイスイと登って肩に腰掛けた。
「お? おっおっ。なかなか器用なお嬢ちゃんだな」
「その時の選ばれた冒険者ってだけあって、二組とも暇つぶしにはなったかな。最終的には空へ散ってもらったけどね」
ジャーレフの不遜な態度が驚きで固まる。エアは足をブラブラさせながら、微笑みを絶やさずに高いところからボクを見下ろしていた。




