表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が異世界で魔王になって勇者に討伐されるまで  作者: 幽霊配達員
第1章 スローライフ魔王城
45/738

44 黄色い翼は自由を求める

 シャインがモンムスたちのなかで孤立した次の日。俺はエアの様子を見に東の塔の屋上へと登ってきていた。高い場所だけあって、風がよく吹きつけてくる。

 結局シャインは誰とも仲良くなれなかったな。けど別段に問題が起こったわけじゃないから、ほっといても大丈夫か。白い服も届いたしな。

 元気いっぱいのモンムスたちは、最近ため息が(しき)りに増えだしたチェルに任せてある。

 部屋が、って独り言をよく聞くようになったけど大丈夫かな。子供部屋に移すのを早めた方がいいかもしれない。

 真上に昇りきった太陽は、淀んだ空気に遮られている。昼間だというのに光の存在感が薄い。

「さすがに昼間になると飛んでるハーピィたちが多いな。違う種族もいるみたいだけど、数が少ねぇみたいだ」

 手で庇を作って見上げる。グリフォンとかガルーダも飛んでいるけど1~2匹ほどだ。魔王様の好みだろうか。

「そりゃ東の塔がハーピィの巣だもん。他種族が少ないのは当たり前だよ」

 明るい元気な声といっしょに、黄色いハーピィが急速に降りてきた。地面の近くでバタバタと羽ばたいて勢いを殺すと、強風が周囲に吹きつける。

 俺のひ弱な身体は耐え切れずに後ろへ転がった。

 背中とか頭とか打って痛いんだけど。もうちょっと手加減してくれませんかねぇ。

「あっ、ごめんごめん。コーイチ大丈夫」

 声の陽気さはそのままだった。あんまり気にしてないんだろうな。

「一応、大丈夫だ。けど降りてくるときはゆっくりか、距離を置いてくれ。身体がもたねぇから」

 呆れを滲ませて、勘弁してくれと訴える。だがハーピィはわかってないように苦笑いしながら、ごめんと軽く謝るだけだった。

「気をつけてくれよ。んで、ハーピィの巣だから他種族が少ないって言ってたけど、棲み分けでもされてんのか」

 魔王城の四方には有翼魔物の巣となる塔が建てられている。それぞれハーピィ・グリフォン・ガルーダ・フクロウの巣になっていていた。

「まぁね。基本的に自分たちの塔の空は、自分たちで見回りするんだよ。たまに情報交換に少数で行ったりきたりもしてるんだ」

 フクロウを見ないのは時間帯の関係もあるんだろうな。夜の見回りでは活躍しそうだ。

「それで、コーイチはエアのことが気になるのかな」

 起き上がるのを手伝ってもらいながら、ハーピィが確認してきた。

「まぁな。どこにいるんだ」

「あそこに飛んでるよ。ほら、ちょっと遠いけど、小さく黄色いのがエアだよ」

 立ち上がってから見上げると、遠くに黄色い豆粒が見えた。かなり遠そうだな。

「へー、だいぶ高いな。ハーピィから見てうまく飛べるようになったのか」

「まだちょっと荒いかなぁ。でも風はつかめてきてるね。エア、降りておいで!」

 両翼をメガホンに見立てて叫ぶと、黄色い豆粒が方向転換する。黄色いシルエットはドンドン大きくなってきて、まるで床に突進する勢いで降りてくる。

 ビュオォォってジェット機のような音が聞こえるし。墜ちてないよね。

 見ていて口が渇いてきた。近づくにつれシルエットが明確になる。

 黄色いベリーショートの髪が風でバサバサとなびく。瞳は真剣でありながら、楽しそうに地上を見定めている。口の両端も愉快に吊り上り、今から大技決めるから見ていて、って期待のオーラをまき散らしていた。

 地上すれすれになったところで、腕から風を放ってブレーキをかける。同時に黄色い翼を羽ばたかせてブレーキに助力をつけた。

「ぬおぉ!」

「コーイチ」

 結果、母ハーピィのとき以上の強風が俺を打ちつけた。顔の前で手をクロスさせて踏ん張るも、足は簡単に床から離れてしまった。

 ブワリと身の毛がよだつ。身体のなかにある臓物が宙に浮いているようで、すごく不安を覚える。てか、このままだとまずい。

 この勢いだと床に打ちつけるだけでかなり痛い。貧弱な俺だと、下手すると死ぬ可能性がある。

 妙に長く感じる滞空時間。屋上の構造を思い出すには充分な時間だった。

 四隅にフェンスみたいなものは立っていない。歩を進めれば投身自殺も簡単にできる。ンでもって俺は、その境界線をこのまま越えるかもしれない。

 塔というだけあって高い。目測とかはよくわからないけど、マンションの4~5階ぐらいはあるかもしれない。落ちたら必ず死ぬ。

「あっ」

 ふと見たら、屋上の床がなくなっていた。遠く見えるのはレンガ敷きの地面。

「ちょ、まずっ!」

 屋上に手を伸ばすも、すぐに見えなくなってしまった。視界ではレンガ積の塔の壁面が流れてゆく。

 あぁ、この塔って結構デコボコしてるんだな。あっ、ここの肌面、少しはがれてるや。

 命の危機だっていうのに、変なことに注目している自分がいた。わかっている。完全な現実逃避だ。

「コーイチ死んじゃヤダ。間に合え」

 黄色いハーピィが叫ぶと、鳥の両足で俺の肩をガシっとつかんだ。食い込んだ。

「うぐっ! おぉぉぉ」

 肩肉が食い込み、骨が軋む痛みが全身に走る。さらに落下の勢いを殺すためか、肩を軸に振り子の如く宙でブルンと振り回される。遠心力で肩の負担が大きくなり、臓器が圧縮される。胃のなかが暴れだして、喉の奥がつっかかった。

 痛いのと、気持ち悪いのと、目が回るのとで脳内がグチャグチャだ。視界の隅から銀の星が集中線のように飛び交っている。

「コーイチ生きてる。無事。返事して」

 振り子が力を失うように、身体や足は落ち着いていった。傍から見ると首つりした死体のようにぶらさがっているのだろう。脳内で簡単に想像できた。

「かっ、かろうじて」

 出した声は掠れていた。サムズアップでもすればハーピィも安心できるかもしれないけど、そんな余裕は微塵もない。

 肩をつかまれて宙吊りにされると思ったより何もできないんだな。痛いし。すごく痛いし。肩が固定されているから動くと電気が走るように痛いし。首を上げるのも億劫だ。早く地に足をつけたい。人間は大地から離れられない生き物なんだって実感したよ。

「そっか。じゃあ屋上に戻るね」

 ハーピィが飛ぶと身体に重力を感じた。エレベーターに乗って上に向かう感覚を、三倍ぐらい強くした感じ。もちろん肩の負担は強めだ。

 うぐぁ。早く地面がほしいのに、ゆっくり飛んでほしいってジレンマに襲われる。

 約十秒。とても長い時間を浮遊したあと、俺は屋上に足をつけた。肩が鳥のカギ爪から解放されると、息を荒げて四つん這いになった。

 エアが黄色い瞳で不思議そうに見ながら、きょとんと首を傾げた。

「父ちゃんどうしたの。お空を飛べたのにガックリしてるよ。疲れちゃったの?」

「エア、俺は飛んだんじゃなくて落ちたんだ。それから、さっきの着陸は危ないからやめよな」

「えー、楽しいのに」

 理解ができていないみたいだ。エアは頬をプクーっと膨らませてブーたれる。

 あぁ、黄色い天使がすぐそばにいる。そんな仕草もかわいいな。本調子なら抱きしめて頭を撫でているところだ。

 気力を振り絞ればいけたかもしれないが、両手は床にひっついて離れなかった。もうちょっと休憩が必要そうだ。

「あはは。コーイチは飛べないからね。落ちたら死んじゃってたよ。だからエアも気をつけてあげようね」

「え、父ちゃん飛べないの。あんなに楽しいのに」

 声が跳ねらせて驚いた。簡単そうに飛べるエアからはわからないかもしれないけど、地に足をつけるのって安らぐんだ。

 アニメに出てくる空飛ぶ秘密道具ってどんな原理で飛んでんだろ。頭を固定させたら首に負担がかかってポッキリいっちゃいそうなんだけど。やっぱりそこらへんは子供の夢を壊さない補正が入ってるのかな。

「とにかく俺は飛べないから気をつけてな」

「むー、空を飛べないなんてつまらないよ。人生の半分は損してるよ。そうだ、ウチが父ちゃんを持ち上げて一緒に飛べばいいんだ。そうすれば父ちゃんも空を楽しめるよ」

 グッドアイデアとばかりにポンって手を叩くと、黄色い瞳を輝かせる。

「勘弁してくれ。さっきハーピィと一緒に飛んだけど、無茶苦茶キツかったんだ。それよりさ、そろそろ俺と一緒に暮らさないか。もぉエアの兄弟もみんな揃ってるぞ」

 チェルのことも考えると、そろそろみんな一緒にして、早いとこ子供部屋に送りたいところだ。

 先に七人だけ子供部屋に送るのも、なんだかかわいそうな気がする。

「父ちゃんと一緒に暮らせるの! すっごく嬉しい」

 エアは嬉しさのあまりジャンプすると、羽をバタつかせてクルクル飛び回る。

「母ちゃん、ウチ父ちゃんのところに行ってもいいの?」

「いいよ。エアだってコーイチと暮らすの楽しみにしてたもんね」

 エアは満面の笑みでうん、と頷いた。

 これで決まりだな。チェルの様子を窺いながらエアをみんなに紹介して、モンムスたちのなかで波紋が起きないように……

「でもウチ、まだ父ちゃんと一緒には暮らさないよ」

「えっ?」

 まさかの断り! モンムスたちはみんな、俺と暮らせるのを楽しみにしていたと思っていたのに。

「だってウチ、まだまだ空を飛び足りないもん。父ちゃんと一緒に、快適に飛べるようになるまで練習しなくちゃ。父ちゃんに空の楽しさを知ってほしいもん」

 笑顔で宣言する。黄色い瞳にはちょっぴりさみしさが込められていたけど、目標に向かって飛ぶことを決めたらしい。

 いや俺、ホントに飛べなくてもいいんだけど。でも、せっかくの決意に水を差すわけにもいかないか。

「それにウチ、もっと自由に飛んでいたいもん。兄弟たちのことは気になるけど、まだまだ後でいいや」

 あっけらかんと笑うエア。俺は笑いが込みあげてきた。

「ははっ、そっか。じゃあ空を堪能したら俺のもとに来い。いつでも歓迎するぜ」

「うん。気が向いたらそっちに行くよ」

 エアはまだまだ遊び足りないみたいだ。みんなが合流するのは、もうちょっと先になりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ