43 天性のナンパ師は明らかに立つ土俵を間違えた
「みなさんご機嫌麗しゅう。ミーは第五子次男、ユニコーンのマザーとの間に生まれたシャインです。以後、お見知りおきを」
チェルの部屋に入ったシャインは、王様とかに仕える執事が如く恭しく頭を下げた。一歳半の外見でありながら実に様になった礼をしているが、いかんせんフルチンなのが悪目立ちしすぎている。
「わぁ、背が大っきい」
「だねぇ、髪も長いよぉ」
「きゃは、アレがユニコーンとのお兄ちゃん」
白いソファーにはアクアとフォーレに加えてヴァリーも座っていた。三人でおしゃべりしていたのだろう。まだぎこちないけど、嫌悪感は薄まりつつあった。
「また軟弱そうな弟だな。その気になれば一緒に鍛えてやってもいいが」
「きひっ、素直になれよグラス。さみしいからかまってほしいんだろ」
「誰が」
テーブル近くの絨毯ではグラスとデッドが隣り合わせで腕立てしていた。グラスは元より、デッドもシェイに負けてから強くなりたく思ったようだ。文句を言いながらもグラスと一緒に汗を流している。
「……」
グラスたちから少し離れた壁際で、シェイは精神統一するように佇んでいた。黒い霧が周囲に立ち込めている。
シェイ曰く、暗い場所じゃないと闇のコントロールが難しいらしい。自分がぬるま湯に浸かって育ってきたかを実感したとのこと。陽が射す時間帯で闇を制御できるように特訓しているんだとか。もうちょっと子供っぽく遊んでもいいと思うんだけどね。
そしてチェルはどこか放心したように丸テーブルに座っていた。顔には自室なのに全然プライベートを保てていなくてよ、って疲れが浮かんでいる。
そして新たに増えるモンムスを視線にいれたチェルは、ここ数ヶ月でよく見せるようになった頭の痛いジェスチャーをしてため息を漏らした。
さて、何からつっこまれることやら。脳内で張れる範囲の防波堤を築いてはいるが。
「とりあえず、服を用意させるわ。デッドのみたいに破られても困るから、上から羽織るタイプでいいかしら?」
赤く鋭かった瞳に、諦めという名の白いフィルターがかかっていた。
「さすが敬愛なるチェル様だ。話が早くて助かるぜ」
あっ、チェルってば全てを投げ出したな。
「お気遣い感謝しますプリンセス・チェル。ミーの美貌が何一つ包まれずにいては、世の女性たちは目を向けざるを得ないですもの」
前髪をフサァっと手で払った後にドヤ顔で歯をキラっと輝かせた。
こいつ、堂々とやらかしやがった。見てみろ部屋の惨状を、時が止まったかのように空気が沈黙してんぞ。
シェイの蠢いていた黒い霧が急冷凍されたように固まっている。グラスとデッドの腕立て伏せは中途半端な位置をキープ。きゃはの笑顔を保ったままヴァリーは停止し、フォーレとアクアはポカンと目を見開いた。
「……至急、子供用の服を用意して持ってきなさい。最悪、ボロ布でもいいわ」
あの、チェルさん。立ち直ったと思ったら、どこに会話をしているのですか。この場所で虚空にしゃべりかけても意味がない内容だと思うけど。
チェルの壊れっぷりに引いていると、足を肘でつつかれた。見下ろすと黒い瞳のイケメン(笑)と目が合う。
「オヤジ、改めてプリンセス・チェルをお目にかかれて思ったよ。花のように可憐で、瞳はルビーのように強い輝きを持っている。スレンダーな身体も素晴らしです。こんなオヤジに譲らなければいけないのがもったいないですよ。ホント」
「いきなりひどい言いようだな。てかシャイン、口説く気か」
問いかけると、自信を持ってまさか、と答えた。
「口説けば百パーセント、ミーの美貌に酔いしれるよ。でもさすがにそれをやったらオヤジがかわいそすぎるだろ」
呆れ果てて口すら動かない。1+1を素で間違えるような方程式が、シャインの頭で立てられているとしか思えない。それくらい自信満々で間違いを犯している。
ものを言えない俺に何を思ったのか、シャインはポンポンとやさしく足を叩いた。
「だからミーは、姉妹たちを手中に収めるとするよ。まだまだ幼いが、育てば立派な淑女になるよ、あの乙女たちは」
「あぁ、まぁ、がんばれ」
色々と思うところはあるけど、投げやりに応援しておいた。
「やあ、アクア。その服かわいいね、青い色がとても似合っていてかわいいよ」
シャインは手始めに、アクアに声をかけた。フォーレとヴァリーも傍にいるんだけど、黒い瞳は一点集中になっている。
視野がむちゃくちゃ狭くなってんだけど、ホントに大丈夫か。あと、お前まだ服着てないからな。
「あっ、えっと……その、ありがとう?」
首を傾げるアクアに対して、シャインは納得がいった笑顔でゆっくりと頷いた。
何を納得しているかは知らないが、アクアは何一つわかっていない雰囲気だぞ。シャインのピンクい感情は全く届いていないからな。
「いえいえ、どういたしまして。名残惜しいけどまだレディーたちがミーを待っているんでね。それではまたあとで」
「あっ、うん」
アクアの呆然とした様子。見た感じ、手応えはゼロだな。
顔をバッと左に向ける。今度のターゲットはフォーレのようだ。
「フォーレ。緑色の艶やかな髪が素敵だね」
ちょ、思わず吹き出しかけたじゃないか。フォーレの髪のどこが艶やかなんだよ。飛び跳ねた癖っ毛で、手入れなんてまるでされていないだろうが。
フォーレは、んーと首を傾げてからアクアの方を向いた。
「アクアぁ、喉が渇いちゃったぁ。お水ちょうだい」
「もぉ、しょうがないなぁ」
フォーレが手を差し出してアクアが水を満たす。あ、これ。フォーレは完全にシャインを無視するつもりだ。むしろ存在すら認知していないことにしたのかも。
フォーレのお水おかわりを眺めていたシャインは、やがて納得するように微笑んでゆっくりと頷いた。
いや、だから。どこの何を満足そうに納得したんだよ。お前の眼はどんな都合のいい状況を映し出しているんだよ。
「ヴァリーは笑顔がかわいいね。見ていて心を捕まれるよ。ミーの隣を歩くにはぴったりだ」
初見だからかもしんねぇけど、ヴァリーの笑顔はかなり黒いぞ。ほら、今もイタズラを考えついたように、きゃははって笑ったぞ。
「ありがと。そうよね、ヴァリーちゃんはかわいいもんね。シャインがヴァリーの言うこと聞いてくれるなら隣を歩いてあげてもいいよ」
あっ。
「もちろんさ。何でも聞いてあげるよ」
即答だった。止める間もなかった。お前ら兄妹だけどな、ヴァリーはそんなことを理由に手を抜いたりしないと思うぞ。もうどうなっても知らないからな。
「シャインはユニコーンとのハーフなんだよね。だったらその姿を見せてほしいなぁ。お願い」
手を合わせて頭を下げると、オレンジの瞳でウインクした。
「お安いごようさ」
白い前髪をフサっとさせてからモンムスの姿に戻る。白馬の四足が引き締まっていた。
「わぁ、すごい。でねでね、ヴァリーはお馬さんに乗ってみたかったの。乗せて乗せて」
「これはヴァリー、お目が高い。ぜひともミーの背中を堪能するといい」
ヴァリーが乗りやすいよう、ソファーの横に身体を並べた。
「わぁい。よいしょっと」
「んっ、むむっ!」
ヴァリーが背中に乗った瞬間、シャインの笑みが揺るぎだした。歯をかみしめて鼻に力が入る。白く長い四本の脚全てがプルプルとかわいそうなくらい震えている。
あー、よくよく考えたら無理だよな。いくら馬っていっても、生後一ヶ月半じゃ人は乗せられないよ。たとえ見た目が一歳ぐらいでも、充分重いもん。
「むっ、ぬぬぬっ……!」
見る見るうちに顔が赤くなり、鼻息も荒くなった。そして、ついに膝が折れた。身体から床にドスンと落ち、ヴァリーがキャっと悲鳴を上げる。衝撃で床に転げ落ちた。
「痛ったーい。もぉ、シャインってば情けないんだから。もういいや、向こう行ってよね」
「えっ、そんな」
シャインが食い下がろうとする。だがヴァリーの不満な渋面一つで、呆気なく身を引いた。
ヴァリーに背中を向けて、トボトボとシェイの元へと向かう。
ちょっと待てシャイン。なに自然に次のターゲットへ足を延ばしているんだよ。どこまで乙女に根性を費やしてんだよお前は。
シェイの生み出している黒い霧なんてなんのその。シャインはショボンとしたまま発生源まで近寄ると、表情に自信の輝きを取り戻して顔を上げた。
「や……」
「うるさい。あっちに行って」
シャインが声をかけることさえ許さなかった。一つ目に殺意の闇を込めるとキッと睨みつける。
「そんな連れないこというなよレディ……いっ!」
身振り手振りで説得しようとしたシャインだったが、霧から形成された闇の刃を突きつけられて身を固めた。一本なんて生易しい数じゃない。合計五本の刃が宙に浮き、シャインの身体に突きつけられていた。
あれ、一本だけちょっと刺さってないか。見間違いだと思っておこう。
シャインは緊迫した表情で、降参したようにもろ手をあげる。これ以上シェイの逆鱗に触れないように、ゆっくりと一歩ずつ後ずさった。
「きひひっ。災難だったなぁシャイン」
「兄弟相手に何をやっているんだか。お前も俺たちと一緒に鍛えないか」
シャインの後ろからデッドが肩を叩き、グラスが腕を組んだまま渋面で近づいた。
男同士で仲良くやろうってことだろうな。さて、シャインはちゃんと受け入れることができるかな。なんて思っていたらデッドの手を弾いた。
「触んなよ。ミーはヤローに興味をこれっぽっちも持ってないんでね。むさ苦しいのは嫌いなんだ」
さっきまでの甘いマスクを脱ぎすたシャインは、ドスの効いた声で見下ろした。
突然の豹変に目をパチクリさせる二人、やがて立ち直るとデッドがケンカを買った。
「あぁ、いい度胸じゃねぇかテメェ。糸でグルグル巻きにして宙吊りにしてやろうか」
赤の瞳が火花を散らす。対してグラスは頭が痛そうにため息をつくと、一人筋トレに戻っていった。
「やれるものならやってみろ。兄として、とどめだけは刺さないでやろう」
やらかしたよ男女差別。あれ、そういやチェルはどうしてるんだ。
テーブルに肘をついて、ただシャインの様子を眺めていた。心がどこかに飛んでいるように、瞳に色が灯っていない。
「父上」
「んっ、うおぉ」
声の方を向くと、忍者のようにシェイが傍にいた。急激な接近ぶりに心臓が止まるかと思ったよ。
憂いに眉をしかめ、大丈夫ですかと心配される。
「あぁ、大丈夫だ。どうした」
「いえ、シャインのことなんですが。あまりにも存在が邪魔なので始末する許可をいただきたいのですが」
「絶対にダメだからな。あいつも血の繋がった家族なんだからな」
あわてて断ると、シェイは納得がいかないように俯いた。
「そうですか。そこまで言うなら仕方ありませんね」
俺、そんなに長く説得してないんだけど。あと、シャイン。早いとこ自重しないと命が危ないぞ。
シャインが加わったことで、子供たちの輪は一層カオス度が増していったのだった。




