436 勇者の使命
うそだ。マリーが主導して黒いお金を稼いでいたなんて。それも命を搾り取るような金策を平然と行っていただなんて。
話を終えたボクたちは、エリス達が待つ宿へとまっすぐ戻っていた。
ボクは孤児院の経営などについての会議に参加するつもりだったのだが、ワイズもエリスも欠席を敢行し、ボクまでも巻き込んで帰ってしまった。
反発はしたものの、頭が働いてないだろと言われて黙らされてしまう。
五人で同じ部屋に集まるも、ボクは床ばかり見て考え込んでしまう。
マリーを信じたい自分が、あまりにも少なくなってしまっている事に絶望しながらも、それでも何かの間違いだと最悪の状況に否定をする。
「ねえ、ジャスが暗いんだけど何があったの?」
「救い出した貴族の娘がな、常闇城で色々と情報を教えてもらっていたんだよ」
「マリーについて黒くて信憑性のある情報を聞かされちまったのさ」
「え? マリーって……」
エリスが言葉を詰まらせる。対してアクアは納得したように、あーっと声を漏らした。
「ねえジャス。私たちさ、ロンギングを襲撃しない方がよかった?」
いきなりとんでもない事を聞いてきて、思わず顔を上げる。真剣な青い眼差しをまっすぐ向けている。
「それは……」
少し前なら即答できた問いだけど、今は迷いが生じていた。
確かに全ての元凶だったし、襲撃がなかったらマリーと忙しくも幸せな生活を続けていただろう。イッコクが平和だと信じて。
「ちょっと状況を整理しよっか。ジャスは魔王アスモデウスを倒して平和をもぎ取った。そこまでは正しいし間違ってなかったよ」
当たり前だ。魔王アスモデウスがいた頃は本当に状況が酷かった。討伐しなければ人々は不幸になる一方で、許しておける存在ではなかった。
ボクは無言のままアクアに頷く。
「けどジャスは、人間を信じすぎていた。だから魔王を倒した後で道を間違えちゃった。人間に真の悪がいるなんて思わなかった。だから身を委ねちゃった」
聞いた話が本当だったら、ボクは罪のない貧しい人々を見殺しにしてきた事になる。それどころか搾取しきったうえの贅沢に溺れてしまっていた。
「けど今は間違いに気づいた。気づいたんなら、いくらでも正しい方にやり直す事が出来る。だって勇者だもん」
勇者という立場がボクに突き刺さる。自ら行っていた行為が、あまりにも勇者とはかけ離れていた。
「いくら間違いに気づいていなかったからって、やってしまっていた過ちが許されるわけじゃない。大きすぎる」
勇者という肩書きが悪用されていた。いつしかボクの中の勇者がハリボテになっていた。
「魔王アスモデウスと戦ってたときの方がある意味楽だったでしょ。目的が明確だったから。平和を維持するのって敵がわからない分、気が休まらないもんね。勇者もつらいね」
あの戦いを楽と片付けられるのは納得いかないが、敵のわからない戦いは想像以上に応えた。戦い方すらわからないし、罠に落ちていた事にさえ気づけなかった。
「でも平和を維持する戦いも勇者にしか出来ない事なの。私たちタカハシ家は、勇者が真の平和に辿り着く為に命を賭けて戦ってるんだもん」
平和の為? ロンギングの襲撃も、各地の侵略も?
「アクアは、タカハシ家が平和の為に魔王になったとでも言いたいのか」
「結果的に、だけどね。大元の目的は違うけど、平和になってくれないとお父さんが困るもん。だから何度重責に押し潰されても、ジャスは勇者として立ち上がってね」
無責任に放たれた重すぎる応援。あまりにも軽く重い事を言ってのけてくれる。
「ジャスがイッコクを平和にしてくれなかったら、デッドもシェイも死んだ事がムダになっちゃうもん。私も手伝ってあげるから、ね」
握手を交わす為に差し出された手は小さくて細かった。か弱く見えてボクたちよりも強く、人を躊躇いなく殺してきた手だ。マリーだってこの手で。
握手に応じるべきか逡巡してから、パシンと手を弾いた。
「言われなくても平和にしてみせるさ。ボクの手で、ボクの意志で」
アクアの事は信じているけど、人としての意地があるんだ。ほどこしとしての手助けを受けるわけにはいかない。手を取るなら、対等に助け合える仲間になったときだ。
「強がってるけど、さっきよりは目に輝いてるからよしにするよ。で、次はどこに行くの?」
アクア自ら、タカハシ家の誰と戦うのかと問われてしまった。もう決まっている。散々待たせてしまった相手がいるからな。
「太陽の塔ソル・トゥーエだ。ボクたちの因縁を果たさせてもらうよ」
ソル・トゥーエにはエアが待ち構えているだろう。ボクたちの仲間であり、エリスの父エフィーの仇が。
例えアクアの兄弟でも、エアだけは許すわけにはいかない。
ボクの宣言に、アクアは笑って応えたのだった。




