432 影の存在意義
(お父さん、シェイ死んじゃったよぉぉお! あぁぁぁぁぁぁあ!)
俺はチェルと一緒に、朝から日課のヴェルダネス見回りをしている時だった。耳が痛いほど全力音声の訃報が聞こえたのは。
シェイが……死んだ。
静かに俺の傍に寄り添って支えてくれていたシェイが、凜とした佇まいで武器を巧みに扱うシェイが、たまに無防備に甘えてくるあのシェイが。
人々が行き交う道の真ん中で、唐突に立ち止まってしまう俺達。
隣を歩くチェルを見ると、驚いた表情で俺の事を見上げていた。アクアは俺たち全員にメッセージを飛ばしていたな。
「コーイチ」
チェルは往来の真ん中であるにも関わらず、俺を抱き締めてきた。道行く人々の視線が集まっているけれども、思考がそこまで追いつかねぇ。
チェルの顔がアホみたいに近ぇ。密着する体温が熱くて、やわらかい。
「チェル?」
「今のアナタは捕まえておかないと怖いのよ。今にも消えてしまいそうな表情をしていてよ」
消えそうな表情ってなんだよ。いくら打ちひしがれてたって急に消滅なんかはしねぇっての。
「気をシッカリ持ちなさい。心が薄れていてよ。コーイチは私の魔王であり、あの子達の魔王でもあるのだから」
いつだったかな。昔シェイが言っていたっけ。
自分には父上という光があります。だから影として濃く存在を示す事が出来るのです。だから父上は温かな光であり続けて下さい。自分の存在がいつまでも薄れぬように。
俺の心が薄れたら、シェイが存在していた事そのものが薄れちまうってか。
大好きですよ、父上。
「シェイ……」
ふいに俺を抱きしめていたチェルの姿が、じゃれついてくるシェイに見えてしまった。あの子は抱きしめるなんて甘え方はしないっていうのに。
「瞳に輝きが戻ってね。この際、私を別の女に重ねていた事は不問にしてあげるわ」
妖艶に微笑んだ瞬間、シェイの幻が薄らとチェルに戻った。伸ばされた指が俺の頬をやわらかくて包んでゆく。
「仕方ねぇだろ。かわいい娘だったんだからよ。最後まで世話かけちまったのが申し訳ないぐらいだぜ」
俺の気持ちが死んじまわないように先回りをしてたんだかんな。ホント、情けねぇ父親だぜ。
「なんって緩い微笑みをするのかしらね。色んな人に見られている自覚はあって?」
見られてる? ここどこだっけ?
チェルに指摘され、左右をバッバと確認する。
そうだよヴェルダネスだよ。みんな隠しもせず温かい視線を送ってやがるじゃねぇか。気がついたらすぐ傍にススキもいたしよぉ。
「やっとあたしの存在に気づいた。二人の世界に入るのもいいけど、場所弁えなさいよね」
腰に両手をつけて呆れてやがった。どことなくふくれ面な雰囲気が妙に嬉しくて、頭をポンポンと叩いてしまう。手で軽く弾かれた。
「いきなり何すんのよ」
「いやなんとなくな。ススキはそのまま生きててくれよ。頼むぜ」
「意味わかんないけど生きてやるわよ。その代わりコーイチもちゃんと生きるんだからね、いい」
人差し指で鼻先を突つかれながらススキに言い返されちまった。チェルが思わず吹き出す。
「ちょ、チェル」
「ふふっ、一本取られてしまってね。コレは死ねないわよ、コーイチ」
きっと俺はこの先も、あまのじゃくな微笑みに翻弄され続けるんだろうなと予感したぜ。




